わがきみあめのしたしろしめしてよりこのかた、よ
ろ×つのうみなみのこゑきこえず、ここのつのくに
みつぎものたゆることなし(四海風静心歟九州、調物不断心歟)、おほよそ日のうちに
よろづのことわざおほかるなかに、はなのはる月のあき、
をりにつけことにのぞみて、むなしくすぐし
がたくなんおはします、これによりて、ちかくさ
ぶらひとほくさぶらふ(きく)人、月にあざけりかぜにあざ
けることたえず、はなをもてあそびとりをあはれ
ばずといふことなし、つゐにおほむあそびのあまりに、」一オ
しきしまのやまとうたあつめさせたまふことあり、
拾遺集にいて(ら)ざるなかごろのをかしきことの
は、もしをぐさかきあつむべきよしをなむあり
ける、おほせをうけたまはるわれら、あしたにみこ
とのりをうけたまはり、ゆふべにのべのたぶことま
ことにしげし、このおほせこころにかかりておもひな
がら、としをおくることここのかへりのはるあきになり
にけり、いぬる応徳のはじめのとしのなつ、みな月
のはつかあまりのころほひ、やくらのつかさ(八府也、参議也)にそなはり
ていつしかのいとまもさまた(げ)なし、そのかみの」一ウ
おほせをおいそのもりにおもうたまへて、ちりぢりに
なることのはかきいづるなかに、いそのかみふりにたる
ことは拾遺集にのせてひとつものこさず、そのほか
のうたあきのむしのさせるふしなくあしまのふ
ねのさはりおほかれど、なかごろよりこのかた、いまにい
たるまでのうたのなかに、とりもてあそぶべきもあり、
天暦のすゑよりけふにいたるまで、よはとつぎあ
まりひとつぎ、としはももとせ(あ)まりみそぢになん
すぎにける、すみよしの松ひさしく、あらたまの
としもすぎて、はまのまさごのがずしらぬまで」二オ
いへいへのことのはおほくつもりにけり、ことをえ
らぶみち、すべらぎのかしこきしわざとてもさら
ず、ほまれをとるべ(と)き、山がつのいやしきこととても
すつることなし、すがたあきの月のほの×がに(ら)かに、こと
ば春のはなのにほひあるをば、千うたふたもも
ちとをあまりやつをえらびてはたまきとせり、
なづけて後拾遺和歌抄といふ、おほよそ古今後
撰ふたつのしふにうたいりたるともがらのいへのし
ふをば、よもあがりひともかしこくて、なにはえの
あしよしさだめむこともはばかりあればこれにの」二ウ
ぞきたり、むかしなしつぼのいつつのひとといひてう
たにたくみなるものあり、いはゆる大中臣能宣、清
原元輔、源順、紀時文、坂上望城等これなり、さきにうたの
心をえて、くれたけのよよにいけみづのいひふるされたる
ひとなり、これらのひとのうたをさきとして、いまのよ
のことをこのむともがらにいたるまで、めにつき心にかな
ふをばいれたりい×れ×た×り×、よにあるひときくこと
をかしこしと(し)、みることをいやしとすることわざ
によりて、ちかきよのうたに心をとどめむことかたく
なむあるべぎ、しかはあれど、のちみむためによしのがは、」三オ
よしといひながさむひとにあふみのいさらがは、いさ
さかにこのしふをえらべり、このことけふにはじ
まれることな×し×にあらず、ならのみがどは万葉集
廿巻をえらびてつねのもてあそびものとしたまへり、
かのしふの心は、やすきことをかた×くしてかたきことを
あらはせり、そのかみのこといまのよにかなはずして
まどへるものおほし、延喜のひじりのみかどは万葉
集のほかのうた廿巻をえらびてよにつたへたまへり、
いはゆるいまの古今和歌(集)これなり、むらかみのかしこき
みよにはまた古今和歌集にいらざるうたふ(は)たまき」三ウ
をえらびいでて後撰集となづく、又花山法王はさきの
ふ(た)つのしふにいらざるうたをとりひろ(ひ)て拾遺集と
なづけたまへり、かのよつのしふは、ことばぬもののごと
くにて、こころうみよりもふかし、このほか大納言公任
朝臣みそぢあまりむつのうた人をぬきいでて、かれが
たへなるを×うたももちあまりいそぢをかきいだし、又
とをあまりを×いつつがひを(の)うたをあはせてよにつた
へたり、しかるのみにあらず、やまともろこしのをか
しきことふたまきをえらびて、ものにつけことに
よそへてひとのこころをゆかさしむ、又ここのしなの」四オ
やまとうたをえらびて人にさとし、わがこころにかなへ
るうたを×ひとまきをあつめてふかきまどにかくす
しふ(深窓秘集)といへり、いまもいにしへもすてら(ぐ)れたるなかに
すぐれたるうたをかきいだして、こがねたまのしふ(金玉集)と
なむなづけたる、そのことばなにあらはれて、その
うたなさけおほし、おほよそこのむくさのしふは、
かしこきもいやしきも、しれるもしらざるも、たまくし
げあけくれの心をやるなかだちとせずといふことなし、
又ちかく能因法師といふものあり、心はなの山のあとを
ねがひて、ことばひとにしられたり、わがよにあひとし」四ウ
あひたるひとを(の)うた(永延以後寛徳以往歌也)をえらびて玄玄集となづけたり、
これらのしふにいりたるうたは、あまのたくなは
くりかへし、おなじことをぬきいづべきならね(にもあらざれ)ば
このしふにのすることなし、またうるわしきはなの
しふ(麗花集也)といひ、あしびきの山ぶしがしわざとなづけ、う
ゑきのもとの集(樹下集、源賢法眼撰)といひあつめて、ことのはいやしく
すがただびたるものあり、これらのたぐひはたれが
しわざともしらず、またうたのいでどころつばびらか
ならず、たとへば山がはのながれをみてみなかみ
ゆかしく、きりのうちにこずゑをのぞみていづれ」五オ
のうゑきとしらざるがごとし、しかればこれらの
集にのせたるうたはかならずし(もさ)らず、つちの
なかにもこがねをとり、いしのなかにもたまのまじ
はれることあれば、さもありぬべきうたはところどころ
のせたり、このうちの(に)みづからのつたなきことのはも
たびたびのおほせそむきがたくして、はばかりのせ
きのはばかりながらところどころのせたることあり、この
しふもてやつすなかだちとなむあるべき、おほ
よそこのほかのうた、みくまののうらのはまゆふよ
をかさねて、しらなみのうちきて(く)こと、しぎのはね」五ウ
がき(かき)あつめたるいろごのみのいへいへあれど、むもれぎのかく
れてみることかたし、いまのえらべるこころはそれしか
にはあらず、みはかくれぬれど、なはくちせぬものな
れば、いにしへもいまもなさけある心ばせをばゆくすゑ
にもつたへむことをおもひてえらべるならし、しからず
はたへなることばもかぜのまへにちりはて、ひかりある
たまのことばもつゆとともにきえうせなんことによりて、
すがのねのながき秋のよつくばねのつくづくとしらいとのおもひみだれつつ、
みとせになりぬれば、おなじきみつのとしのくれあきのいざよひ
のころほひ(応徳三年九月十六日)えらびをはりぬることになんありけるといへり」六オ