後冷泉院みこのみやと申ける時、二条院はじめてまいらせたまひける
をみたてまつることやありけむ、よみ侍ける 出羽弁
一〇九九 子日 はるごとの子の日はおほくすぎつれどかかるふたばのまつはみざりつ(き)
二条院東宮にまいり(給)てふぢつぼにおはしましけるに、前中宮
のこのふぢつぼにおはせしことなどおもひいづる人など侍ければ
大弐三位
一一〇〇 涙 しのびねのなみだなかけそかくばかりせばしとおもふころのたもとに
かへし 出羽弁
一一〇一 はるのひにかへらざりせばいにしへのたもとながく(ら)やくちはてなまし
後冷泉院みこのみやと申ける時、うへのをのこども一品宮の女房と
もろともにきく(さくら)のはなをもてあそびけるに、故中宮のいではも
はべりとききてつかはしける 源為善朝臣」一二六ウ
一一〇二 秋夕 はなざかりはるのみやまのあけぼのに思わするなあきのゆふぐれ
三条院東宮と申ける時、式部卿敦儀(のり)親王むまれてはべりけるに
つの(御ハ)かしたてまつるとてむすびつけ侍ける 入道前太政大臣
一一〇三 護 よろづよをきみがまぼりといのりつつたちつみ(く)りえのしるしとをみよ
御かへし 三条院御製
一一〇四 いにしへのちかきまもりをこふるまにこれはしのぶるしるしなりけり
或人云、このうたは故左大将済時みこたちのおほぢにて侍け
れば、けふのことをかの大将やとりあつかはまし(な)どおぼし
いでてよませたまへるなり
一条摂政かくれはべりてのち、少将よしたかこむませて侍
ける七夜に、むかしをおもひいでてよみ侍りける 法住寺太政大臣
一一〇五 産七夜 ちぢにつけおもひぞいづるむかしをばのどけかれともきみぞいはまし
六条左大臣みまかりてのち播磨(の)くににくだり侍けるに、たかさごの」一二七オ
ほどにて、ここはたかさごとなむいふとふな人いひ侍ければ、
むかしをおもひいづることやありけん、よみ侍ける
源相(すけ)方朝臣
一一〇六 高砂 たかさごの(と)たかくないひそむかしききしをのへのしらべまづぞこひしき
後一条(院)をさなくおはしましける時、まつりごらんじけるに、いつき
のわたり侍けるをり、入道前太政大臣いだきたてまつりて侍ける
をみたてまつりてのちに、太政大臣のもとにつかはしける 選子内親王
一一〇七 祝 ひかりいづるあふひのかげをみてしかばとしへにけるもうれしかりけり
かへし 入道前太政大臣
一一〇八 もろかづらふたばながらん(も)きみにかて(く)あふひや神のしるしなるらん
後一条院御時賀茂行幸はべりけるに、上東門院みこしに
のらせ給ひてむらさい(き)のよりかへらせたまひにける又のあした、
きこえさせはべりける 選子内親王
一一〇九 行幸 みゆきせしかものかはなみかへるさにたちやよるとぞまちあかしつる」一二七ウ
後冷泉院御時上東門院にみゆきあらんとしけるを、とどまりて
のち、うちよりすずりのはこのふたにさくらのえだをいれて
たてまつらせ給たりける御返に、おほせごとにてよみはべりける
上東門院中将
一一一〇 桜 みゆきとかよにはふらせていまはただこずゑのさくらちらすなりけり
小弁斎院にまいりはべりてほのかにみたてまつりたるよしいひ
におこせて侍ける返事に 六条斎院宣旨
一一一一 ゆふしでやしげきこのは(ま)をもる月のおぼろけならでみえしかげかは
宇治前太政大臣少将に侍けるとき、かすがのつかひにいでたち
はべりてまたのひゆきのふり侍けるに、四条大納言のもとに
つかはしける 入道前太政大臣
一一一二 若菜 わかなつむかすがのはらにゆきふれば心づかひを今日さへぞやる
かへし 前大納言公任
一一一三 みをつみておぼつかなきはゆきやら(ま)ぬかすがののべのわかななりけり」一二八オ
二条前太政大臣少将にはべりける時、かすがのつかひにまかりて
又(の)日、きりのいみじうたちはべりければ、入道前太政大臣のもと
につかはしける
一一一四 霧 みかさやまかすがのはらのあさぎりにかへりたつらんけさをこそまて
上東門院長家民部卿三条のいへにわたらせ給たりけるころ、には
かにみゆきありて、ちかき人々のいへめされければ、まかるべきところ
なきよしそうせさせ侍けり、その御かへりに、うたをよみてまい
らせよとおほせられければ、ゆきのふるひよみてまいらせける
伊世大輔
一一一五 雪 としつもるかしらのゆきはおほぞらのひかりにあたるけふぞうれしき
いへをかへしにすとて×おほせられて、ゆるされにけり
冷泉院東宮と申けるとき、女のいしゐにみづくみたるう(か)たゑに
かきたるをよめとおほせられければ 源しげゆき」一二八ウ
一一一六 泉 としをへてすめるいづみにかげみればみづはくむまでおいぞしにける
春かしらしろき人のゐたるところをゑにかけるを
花山院御製
一一一七 白髪 はるくれどきえせぬものはとしをへてかしらにつもるゆきにぞ有ける
三条院御時大嘗会御禊などすぎてのころ、ゆきのふり侍り
けるに、おほはらにすみはべりける少将ゐのあまのもとにつかはし
ける 小塩山ハ大原野方ニ右山也。此大原野ニ此名山花。但、大原野と云ニヲヨメルカ。僻事歟。
オホハラヤヲシホノ山ノコナツハラナドヨメルモノ時ヨメリ。大原野トミエタリ 伊勢大輔
一一一八 雪 よにとよむとよのみそぎをよそにしてをしほの山のみゆきをやみし
かへし 少将ゐのあま
一一一九 をしほ山こずゑもみえずふりつみしそのすべらきのみゆきなりけん
一条院うせさせ給て上東門院さとにまかりいでたまひにける、又の
としの五節のころ、むかしをおもひいでて、うへのおのこどもひきつれて
まいりて侍ける中によみていだしける 伊勢大輔
一一二〇 氷 はやくみし山ゐの水のうすごほりうちとけさまはかはらざりけり」一二九オ
中納言実成さいさうにて五節たてまつりけるに、いもうとの弘徽
殿女御のもとにはべりける人かしづきにいでたりけるを、中宮(の)御
方の人々ほのかにききて、みならしけむももしきをかしづきにて
みるらんほどもあはれにおもふらんといひて、はこのふたにしろかねの
あふぎにほうらいの山つくりなどして、さしぐしにひかげのかづ
らをむすびつけて、たきものをたのふち(たてぶみ)にこめて、かの女御のか
たにはべりける人のもとよりおぼしうて、左京のきみのもとに
といはせて、はての日さしおかせける よみ人しらず
一一二一 おほかりしとよのみや人さしわけてしるきひかげをあはれとぞみし
かくて臨時祭と(に)なりて、二条の×前太政大臣中将にてまつりのつかひ
し侍りけるに、ありしはこのふたにぢむのくし、しろかねのかう
がいかねのはこにかがみなどいれて、つかひは中宮のはらからなれ
ばにや、ひかげとおぼしくてかがみのうへにあし(で)にかきて侍ける
藤原ながたふ」一二九ウ
一一二二 鏡 ひかげぐさかかやくかげやまがひけんますみのかがみくもらぬものを
おなじ人の五節に、わらはのかざみかしづきのからぎぬにあを
ずりをしてあかひもなどつけたりけり、人々みはべりけるに、
あをきかみのはしにかきてむすびつけさせ侍ける
選子内親王
一一二三 摺衣 神よよりすれるころもといひながら又かさねてもめづらしきかな
一条院御時皇后宮五節たてまつり給けるに、かいつくろひつかまつ
りける人のつけてはべりけるあかひものとけて、いかにせんといひける
をききて、むすびつくとてよみ侍ける 藤原実方朝臣
一一二四 赤紐 あしひきの山ゐのみずはこほれるをいかなる人(ひ)ものとくるなるらん
ものいひはべりける女の五節にいでて、こと人にときき侍ければつかは
しける 源頼家朝臣
一一二五 まことにやなべてかさねしおみごろもとよのあかりのかくれなきよに
人の、こをつけんとちぎりてはべりけれど、こもりゐぬとききてこと」一三〇オ
人につけ侍りければよめる 法眼源賢
一一二六
麦 おもひきやわがしめゆひしなでしこを人のまがきの花とみんとは
ちちのしなのなる女をすみ侍りけるもとにつかはしける
平正家
一一二七 しなのなるそのはらにこそあらねども我ははきぎといまはたのまん
一条院御時大弐佐理つくしにはべりけるに、御て本かきにくだし
つかはしたりければ、おもふ心かきてたてまつ覧とて、かきつく
べきうたとてよませ侍けるによめる 源しげゆき
一一二八 祝 みやこへといきのまつばらいきかへりきみがちとせにあはんとす覧
ちちのともにをさなくて筑前国にはべりて、としへてのち成順
かのくにになりてはべりければ、くだりてよめる 中将尼
一一二九 筥埼松 そのかみの人はのこらじはこざきの松ばかりこそわれをしるらめ
阿波守(に)なりて又おなじくににかへりなりてくだりけるに、」一三〇ウ
こつかみのうらといふところになみのたつをみてよみ侍ける
藤原基房朝臣
一一三〇 浪 こつかみのうらにとしへてよるなみもおなじところにかへるなりけり
頼国朝臣紀伊守にてはべりける時、いふべきことありてまかりて侍り
けるを、ことさらに(ことさらに)ものもいはざりければよみ侍り
ける 連敏法師
一一三一 若浦 おいのなみよせじと人はいとへどもまつらんものをわかのうらには
肥後守義清くだり侍りてのとしの秋、さがののはなはみきやと
いひにおこせて侍けるかへりにつかはしける 源兼長
一一三二 秋野 うちむれしこまもおとせぬ秋ののはくさかれゆけどみる人もなし
あづまに侍けるはらからのもとに、たよりにつけてつかはしける
源兼俊母
一一三三 花 にほひきやみやこのはなはあづまぢにこちのかへしのかぜにつけしは」一三一オ
かへし 康資王母
一一三四 ふきかへすこちのかへしはみにしみきみやこのはなのしるべと思に
筑紫よりのぼらんとて、博多(ハカタ)にまかりけるに、館(タチ)のきくのおも
しろく侍けるをみて 大弐高遠
一一三五 とりわきてわが身につゆやおきつ覧はなよりさきにまづぞうつろふ
陸奥にはべりけるに、中将宣方朝臣のもとにつかはしける
藤原実方朝臣
一一三六 関 やすらはでおもひたちにしあづまぢにありけるものかはばかりのせき
かたらひける人のもとにみちのくによりゆみをつかはすとて
よみはべりける
一一三七 弓 みちのくのあだちのまゆみきみにこそおもひためたることもかたらめ
実方朝臣陸奥にはべりける時いひつかはしける 大江匡衡朝臣
一一三八 恋 みやこにはたれをかきみは思いづるみやこの人はきみをこふめり」一三一ウ
かへし 藤原実方朝臣
一一三九 わすられぬ人の中ヲ(に)はわすれぬをまつらん人のなかにまつやは
つのくににかよふ人の、いまなむくだるといひてのちにて(も)まだ京
にありけるをききて、人にかはりてよめる 赤染衛門
一一四〇 杜 ありてやはおとせざるべきつのくにのいまぞいくたのもりといひしは
六波羅といふてらに(の)かうにまいりはべりけるに、きのふまつり(の)かへ
さみけるくるまの、かたはらにたちて侍ければ、いひつかはしける
相模
一一四一 法 きのふまでかみに心をかけしかどけふこそのりにあふひなりけれ
石山にまいり侍ける道に山しなといふところにてやすみ侍けるに、
いへあるじの心あるさまにみえはべりければ、又かへるさまにも
などいひはべりけるを、よにさしもといひ侍ければ
和泉式部
一一四二 山階 かへるさをまちこころみよかくながらよも山×ただにては山しなのさと」一三二オ
山階(シナ)寺くやうののち、宇治前太政大臣のもとにつかはしける
堀川右大臣
一一四三 法 ふかき(う)みのちかひはしらずみかさ山心たかくもみえしきみかな
山ざとにまかりてかへるみちに、家経がにしの×八条のいへちか
しとききて、くるまをひきいれてみありきけるに、なには
わたりの心地せられていとをかしう侍ければ、すずりのは
このうへにかきつけ侍ける 伊勢大輔
一一四四 葦 こもまくらかりのたびねにあかさばやいりえのあしのひとよばかりを
山庄にまかりて日くれにければ 源頼実
一一四五 日暮 ひもくれぬ人もかへりぬ山ざとはみねのあらしのおとばかりして
ふしみといふところに四条宮の女房あまたあそびて、日くれ
ぬさきにかへらむとしければ 橘俊綱朝臣
一一四六 みやこ人くるればかへるいまよりはふしみのさとのなをもたのまじ」一三二ウ
かたらふ人のもとにとしごろありてまかりたりけるに、おぼ
めくさま(に)やありけむ、よみ侍ける よみ人しらず
一一四七 人心 すぎもすぎやどもむかしのやどながらかはるは人のこころなりけり
ひえの山に二月五番とてはななどつくることはべりけり、その
はなつくらせむとて、人の山によびのぼせて侍ければ、むかし
この山にてものなどまなびけることをおもひいでて
蓮仲 良岑宗貞苗裔、佐渡守為信男。 蓮仲法師 六用堂別当。
一一四八 山 おもひきやふるさと人にみをなしてはなのたよりに人(山)をみむとは
あるところに庚申し侍けるに、みすのうちの琴(こと)のあかぬ心を
よみ侍ける 大中臣能宣朝臣
一一四九 琴 たえにけるはつかなるねをくりかへしかづらのをこそきかまほしけれ
入道一品宮に人々まいりてあそび侍けるに、式部卿敦貞親王ふ
えなどをかしうふき侍ければ、かのみこのもとに侍ける人のもとに」一三三オ
又のひ、よべのふえのをかしかりしよしいひにつかはしたりける
を、みこつたへききて、おもふことのかよふにや、人しもこそあれ、きき
とがめける(こと)など侍けるかへりごとに 相模
一一五〇 笛 いつかまたこちくなるべきうぐひすのさへづりそへしよはのふえたけ(のね)
人のあふぎに、山ざとの人もすまぬわたりかきたるをみてよめる
大中臣能宣朝臣
一一五一 山里 をじかふすしげみにはへるくずのはのうらさびしげにみゆる山ざと
ほうしのいろこのみけるをよみ侍ける 源重之
一一五二 蓮 つねならぬ山のさくらに心いりていけのはちすをいひなはなちそ
人(の)かめにさけいれてさか月にそへて、うたよみていだし
侍けるに 藤原為頼朝臣
一一五三 坏 もちながらちよをめぐらんさか月のきよきひかりはさしもかけなん
をぐらのいへにすみはべりけるころ、あめのふりけるひ、みの人(かる)」一三三ウ
人のはべりければ、山ぶきのえだをおりてとらせて侍けり、心も
えでまかりすぎて又(の)日、山ぶきの花×心えざりしよしいひにおこせて
侍けるかへりにいひつかはしける 中務卿兼明親王
一一五四 山吹 ななへやへはなはさけども山ぶきのみのひとへ(つ)だになきぞあやしき
陸奥くのかみのりみつくら人にはべりける時、いもせなど
いひつけてかたらひはべりけるに、さとへいでたらむほどに、人々の
たづねむに、ありかなつげそといひて、さとにまかりいでて
侍けるを、人々のせめて、せうとなればしるらんとあるはいかが
すべきといひておこせて侍けるかへりに、めをつつみてつかはし
たりければ、のりみつ心もえで、いかにせよとあるぞと、まうでき
てとひはべりければよめる 清少納言
一一五五 かづきするあまのありかをそこなりとゆめいふなとやめをくはせけん」一三四オ
駿河守国房と車にのりてものにまかりけるみちに、ちちの定
季がはかありとて、にはかにくるまよりをり侍ければよめる
源頼俊
一一五六 たらちねははかなくてこそやみにしかこはいづことてたちとまるらん
山にすみうかれてこしのくににまかりくだりたりけるに、おもひ
かけず良暹法師などあひて、むかしのことおもひいでいひ侍ければ
よめる 慶範法師
一一五七 おもへどもいかにならひしみちなればしらぬさかひにまどふなるらん
つくしよりのぼりて、道雅三位のわらはにてまつぎみといはれ
はべりけるをひざにすゑて、ひさしくみざりつるなどいひ
てよみ侍ける 帥内大臣
一一五八 松 あさぢふにあれにけれどもふるさとの松はこだかくなりにけるかな
前伊勢守義(のり)孝宇治前太政大臣のむまやにくだりたりときき」一三四ウ
てつかはしける 天台座主教円
一一五九 いにしへのまゆとじめにもあらねどもきみはみまくさ
とりてかふとか」一三五オ
・このページの一部に、島根県立大学e漢字フォントを使用しました。
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