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一 大納言なりける人内へまいりて女房あまたも のがたりしける所にやすらひければ。此人の あふぎを手ごとにとりてみけるに。弁のすが たしたりける人をかきたりけるを見て。此女 房ども。なくねなそへてのべの松むしとくち ぐちにひとりごちあへるを此人聞ておかしと おもひたるに。奥のかたよりたゞ今人の来た るなめりとおぼゆるに。是はいかに。なくねな そへそとおぼゆるはとしたりがほにいふをと のするを。この今きたる人。しばしためらひ て。いと人にくゝいうなるけしきにて。源氏 のしたがさねのしりはみじかゝるへきかはと ばかりしのびやかにこたふるを。このおとこ あはれにこゝろにくゝおぼえて。ぬしゆかし きものかな。誰ならんとうちつけにうきたち けり。たふべくもおぼえざりければ。後にえさ らぬ人に尋ねければ。近衛院の御母。ひが事。 かうのとのの御つぼねとさゝやきければ。い でやことはりなるべし。そののちはたぐひな きものおもひになりにけり。
源榊 大かたの秋の別もかなしきになくねなそへそのへの松虫
二 薩摩守忠度といふ人ありき。ある宮ばらの女 房に物申さんとて。つぼねのうへざまにてた めらひけるが。ことのほかに夜ふけにければ。 扇をはらはらとつかひならしてきゝしらせけ れば。此局の心しりの女房。野もせにすだく むしのねやとながめけるをきゝて。あふぎを つかひやみにけり。人しづまりて出あひたり けるに。この女房。あふぎをばなどやつかひ給 はざりつるぞといひければ。いさかしがまし とかやきこえつればといひたりける。やさし かりけり。
かしかまし野もせにすたく虫のねよ我たに物はいはて社思ヘ
三 或殿上人さるべき所へ参りたりけるに。おり しも雪降て月おぼろなりけるに。中門のいた にさぶらひて。寝殿なる女房にあひしらひけ るが。此おぼろ月はいかゞし候べきといひた りければ。女房。返事はなくて。とりあへず。う ちよりたゝみををしいだしたりける心ばや さ。いみじかりけり。
新古 照もせす曇もはてぬ春のよの朧月夜にしくものそなき
四 ある殿上人ふるき宮ばらへ夜ふくる程に参り て。北のたいのめむだう(馬道)にたゝずみけるに。 局におるゝ人の気色あまたしければ。ひきか くれてのぞきけるに。御局のやり水に蛍のお ほくすだきけるを見て。さきにたちたる女房 の。蛍火みたれとびてとうちながめたるに。 つぎなる人。夕殿に蛍とんでとくちずさむ。し りにたちたる人。かくれぬものは夏むしのと はなやかにひとりごちたり。とりどりにやさ しくもおもしろくて。此男何となくふしなか らんもほいなくて。ねずなきをしいでたりけ る。さきなる女房。ものおそろしや。蛍にも声 のありけるよとて。つやつやさはぎたるけし きなく。うちしづまりたりける。あまりに色 ふかくかなしくおぼえけるに。今ひとり。なく 虫よりもとこそととりなしたりけり。是もお もひ入たるほどおくゆかしくて。すべてとり どりにやさしかりける。
後拾おもひにもゆる〔首書〕
音もせてみさほにもゆる蛍こそ鳴虫よりも哀成けれ
蛍火乱飛秋已近。辰星早没夜初長。
夕殿蛍飛思悄然。
後撰 つゝめともかくれぬ物は夏むしの身よリあまれる思ひ成けり
五 近き御代に五節の比。ゆかりにふれてたれと かやの御局へ或女のやんごとなき忍びて参り たりける事ありけるをちときこしめして。い かで御覧ぜんと思しけるまゝに。俄にをしい らせ玉ひけり。とりあへずともし火を人のけ ちたりければ。御ふところよりくしをいくら も取いでて火びつの火にうちいれ給ひたりけ れば。おくまで見えてよくよく御らんじけり。 御心のふぜい興ありて。いとやさしかりけり。 ▲目次へ
六 此比のこととかや。ある田舎人いうなる女を かたらひて都に住わたりけるが。とみの事有 て田舎へくだりなんとしける。その夜となり て此女れいならずうちしめりてうしろむきて ねたりけるを男いたう恨てけり。いつまでか かくもいとはれまいらせむ。たゞ今ばかりむ き給ひてあれかしといひけるに。この女。
今さらにそむくにはあらす君なくてありぬへきかとならふはかりそ
といひたりければ。男めでまどひて。田舎くだ りとまりにけるとかや。いとやさしくこそ。
七 大納言なりける人日比心をつくされける女房 のもとにおはして物語などせられけるが。世 に思ふやうならであけゆく空も猶心もとなか りければ。あからさまのやうにて立出て随身 に心を合せて。今しばしありて。まことや今 宵は内裏の番にて候ものをもしおぼしめし わすれてやとをとなへと教てうちへ入ぬ。そ の儘にしばしありて。こちなげ(無骨)に随身いさめ 申ければ。さることあり。今夜はげに心をくれ しにけりとて。とりあへずいそぎ出んとせら れけるけしきを見て。この女房心得て。やが ていとうらめしげなるに。おりふし雨のはら はらとふりたりければ。
ふれや雨雲のかよひちみえぬまてこゝろ空なる人やとまると
いうなるけしきにてわざとならずうちいでた りけるに。此大納言なにかのことはなくて其 夜とまりにけり。後までもたえずをとづれら れけるはいとやさしくこそ。かく申は後徳大 寺左大臣(実定)ときこえし人の事とかや。
八 粟田口の別当入道といひける人わかくて人を おもひけるに。やうやうかれがれになりて。後 におもひ出て。いとの有けるをやりたりけれ ば。いとをば返して。歌をなんよみたりける。
わすられておもふはかりのあらはこそかけてもしらめ夏引の糸
九 或蔵人の五位の月くまなかりける夜革堂へ参 りけるに。いとうつくしげなる女房のひとり 参りあひたりける。見すてがたくおぼえける まゝにいひよりてかたらひければ。おほかた さやうのみちにはかなひがたき身にてなんど やうやうにいひしろひけるを猶たへがたくお ぼえて帰りけるに。つきて行ければ。一條河原 になりにけり。女房見かへりて。
玉みくりうきにしもなとねをとめてひきあけところなき身なるらん
とひとりごちて。きよめが家の有けるに入に けり。男うれしもいとあはれにふしぎとおぼ えけり。
十 大納言なりける人小侍従と聞えし歌よみにか よはれけり。ある夜物いひて暁かへられける に。女の家の門をやりいだされけるが。きと見 かへりたりければ。此女名残を思ふかとおぼ しくて。車よせのすだれにすきて。ひとり残 たりけるが。心にかゝりおぼえてければ。供 なりける蔵人(藤経尹)にいまだ入やらで見をくりたる が。ふりすてがたきに。なにとまれ。いひてこ との給ひければ。ゆゝしき大事かなとおもへ ども。ほどふべき事ならねば。やがてはしり入 ぬ。車よせのえんのきはにかしこまりて。申 せと候とは。さうなくいひ出たれど。何といふ べきことの葉もおぼえぬに。折しもゆふつげ 鳥声々になき出たりけるに。〔首書〕あかぬわかれの といひける事のきとおもひいでられければ。
新拾 物かはと君かいひけん鳥のねのけさしもなとかかなしかるらん
と計いひかけて。やがてはしりつきて。車のし りにのりぬ。家に帰りて中門におりて後。さ ても何とかいひたりつると問玉ひければ。か くこそと申ければ。いみじくめでたがられけ り。さればこそ。つかひにははからひつれと て。感のあまりに。しる所などたびたりけると なん。此蔵人は内裏の六位などへて。やさし蔵 人といはれけるもの也けり。この大納言も後 徳大寺左大臣の御事なり。
新古恋三 小侍従。
待よひに更行かねの声きけはあかぬ別れの鳥はものかは ▲目次へ
十一 能登前司橘長政といひしは今は世をそむきて 法名寂縁とかや申なんめり。和歌の道をたし なみて其名きこゆる人也。新勅撰えらばれし 時。三首とかや入たりけるをすくなしとてき りて出たりける。すこしはげしきには似たれ ども。みちを立たる程はいとやさしくこそ。其 人此比あるやんごとなき大臣家に和歌の会せ られけるに。述懐の歌をよみたりける。
あふけとも我身たすくる神なつきさてやはつかの空をなかめむ
とよみたりければ。満座感歎して。此歌よみた めて。主も称美のあまりに。國の所ひとつやが てたまはせたりけり。道の面目。世の繁昌。ふ しぎの事也。末代にもさすがかゝるやさしき ことの残りたるにこそ。此事を聞て隆祐(家隆卿男)侍従 いひやりける歌。
みかきける君にあひてそ和歌の浦の玉も光をいとゝそふらん
十二 吉水前大僧正(慈円)と聞えしは今は慈鎮和尚と申に や。天王寺の別当に成て拝堂有けるに。上童 おほく具せられたりける中に。たれがしとか やいひける児を天王寺に有ける女たへがた う思ひかけて。紅梅の檀紙に心も及ばすあし でをかきて此ちごのもとへをこせたりける。 ぬしもよそながらもつやつや見しりたる人も なくてむげにはぢがましくありぬべかりける に。此ちごうちあんずるけしきなりければ。 何とすべきにかと人々まばゆく思ひたりける に。やがてそのあしでのうへに。
おほつかななにはにかける言葉そ都にすめはしらぬあしてを
と書てやりたりける。取あへず。いとあしから ずや。
十三 宇治のひだりのおとゞ(頼長)の御前に銀をきり火桶 につませられて。頼政卿のいまだ若かりける 時。召ありて。きり火をけとわが名をかくし題 にて。歌つかふまつりて。是をたまはれと仰 事有ければ。とりもあへず。[首書1]
宇治川の瀬々の白浪おたきりひをけさいかによりまさるらん
とよみたりけり。めでさせたまひけるとなん。
[1]新拾。二条院御時ひだりまきのふちふちきり火をけをこめて河によせて歌奉るべきよし仰ありければ みづからの名をそへてよみ侍ける。従三位頼政。水ひたりまきのふちふち下同。
十四 秦公春といひける随身宇治の左大臣殿につか ふまつりけるが。御くつをまいらせけるが。 御沓のしきに千鳥をかゝれたりけるを見て。
莵玖波 沓のうちにもとふちとりかな
といひでたりけるを。とりつぐ殿上人ももの もいはざりけるに。おほい殿。しばし御くつを はき玉はで。
同 難渡なるあしの入江をおもひ出て
と仰られたりける。いとやさしかりけり。
十五 待賢門院の堀川。上西門院の兵衛。をとゞいな りけり。夜ぶかくなるまでさうしをみけるに。 ともし火のつきたりけるに[首書2]あぶらわたをさし たりければ。よにかうばしくにほひけるを。 堀川(菟兵衛)。
菟 ともし火はたきものにこそ似たりけれ
といひたりければ。兵衛(菟堀川)とりもあへず。
同 ちやうしかしらの香やにほふらん
とつけたりける。いとおもしろかりけり。
[2]和名鈔容飾ノ具ニ云。沢。釈名ニ云。人ノ髪恒ニ枯悴ス。以此ヲ令ルニ濡沢ナラ也。俗用ニ脂綿ノ二字ヲ阿布良和太。 ▲目次へ
十六 或者所の前を春の頃修行者のふしぎなるがと をりけるが。ひがさに梅のはなを一枝さした りけるを。児ども法師などあまた有けるが。 世におかしげにおもひて。あるちごの梅の花 笠きたる御房よといひて笑ひたりければ。此 修行者立かへりて。袖をかきあはせてゑみゑ みとわらひて。
身のうさのかくれさりけるものゆへに梅の花かさきたる御房よ
と仰られ候やらんといひたりければ。この者 どもこはいかにとおもはずに思ひて。いひや りたるかたもなくてぞ有ける。さうなく人を 笑ふ事あるべくもなきことにや。
十七 或所にて此世の連歌の上手と聞ゆる人々より 合て連歌しけるに。其門のしたに法師のまこ とにあやしげなるが。かしらはをつかみにお ひて。かみぎぬのほろほろとあるうちきたる が。つくづくと此れん歌を聞て有ければ。な にほどの事をきくらんとおかしと思ひて侍る に。此法師やゝ久しく有て。うちへ入て縁の きはにゐたり。人々おかしと思ひてあるに。は るかにありてふし物は何にてやらんと問けれ ば。其中にちとくわうりやうなる者にて有け るやらん。あまりにおかしくあなづらはしき まゝに。何となく。
菟 くゝりもとかす足もぬらさす
といふぞといひたりければ。此法師打聞て。二 三返計詠じて。面白く候ものかなといひけれ ば。いとゞおかしとおもふに。さらば恐れなが ら付候はんとて。
名にしおふ花のしら河わたるには
といひたりければ。いひ出したりける人をは じめて。手をうちてあざみけり。さて此僧は いとま申てとてぞ走出ける。後に此事京極中 納言(定家)きゝ給ひて。いかなるものにかと返す返 すゆかしくこそ。いかさまにてもたゞものに てはよもあらじ。当世は是ほどの句などつく る人は有がたし。あはれ歌よみの名人たちは たゝ(そくイ)かうかきたりけるものかな。世中のやう におそろしきものあらじ。よきもあしきも人 をあなどる事あるまじき事とぞいはれける。
十八 伏見中納言といひける人のもとへ西行法師行 て尋けるに。あるじはありきたがひたる程に。 さぶらひの出て。なにごといふ法師ぞといふ に。えんにしりかけて居たるを。けしかるほ うしのかくしれがましきぞ(よイ)と思ひたるけしき にて。侍共にらみをこせたるに。みすのうち に箏の琴にて秋風楽をひきすましたるを聞 て。西行此侍にもの申さむといひければ。にく しとは思ひながら立寄て何事ぞといふに。み すのうちへ申させ給へとて。
ことに身にしむ秋の風かな
といひでたりければ。にくきほうしのいひご とかなとて。かまち(頬骨)をはりてけり。西行はふは ふ帰りてけり。後に中納言のかへりたるに。 かゝるしれ物こそ候つれ。はりふせ候ぬとか しこがほにかたりければ。西行にこそありつ らめ。ふしぎの事也とて。心うがられけり。此 侍をばやがておひ出してけり。
十九 後白川院(七十七)の御時日吉社に御幸有て一夜御泊り 有て次の日御下向有けるに雨の降ければ。御 車近うつかうまつりけるかんだちめの中に。
菟 きのふ日よしとおもひしものを
といふ連歌の出来たりけるを。おほかたつく る人なくて程へければ。左馬権頭なりける人 のはるかにさきなりけるを召かへして。是付 よと仰ごと有ければ。ほどなく。
同 今日はみな雨ふるさとへかへるかな
と付たりければ。安かりけることを口おしく もおもひよらざりけると人々いひあへりけ り。此左馬権頭加茂の臨時祭の舞人なりける に。暁つかひ也ける人をうちぐしてかへり。た ちにまいりけ(たイ)るが。雪いたくふりて。袖にたま りたりけるをみて。
同 あをすりの竹にも雪はつもりけり
といひたりけるに。つかひなりける人はつけ ざりければ。秦兼任人長にてうちぐしてける が。馬を打よせ打よせけしきばみければ。兼任が つけたるとおぼゆるぞといはれて。下臈はい かでかとはゝしくいひけるをなをせめとはれ て。
同 色はかさしの花にまかひて
と付たりける。まことに兼久兼方などが子孫 とおぼえて。いとやさしかりけり。
二十 やむごとなき人のもとに今参の侍出来にけ り。やき絵をめでたくするよし聞えければ。前 によびて。檀紙にやきゑをせさせけるに。何を かやき侍べきといひければ。水に鴛をやけと いはれけるに。打うなづきて。
菟俳 水にはをしをいかゝやくへき
と口ずさみけるをあるじ聞とがめて。同じく は一首になせといはれければ。かいかしこま りて。
同 波の打岩より火をは出すとも
といへりければ。人々みなほめにけり。 ▲目次へ
二一 京極太政大臣(宗輔)と聞えける人いまだ位あさかり けるほどに雲居寺の程を過られけるに。膽西 上人の家をふきけるをみて。雑色をつかひに て。
菟 ひしりのやをはめかくしにふけ
といはせて車をはやくやらせけるに。雑色の はしりかへるうしろに。小法師をはしらせて。
同 あめの下にもりてきこゆることもあり
といはせたりける。その程のはやさ。けしから ざりけり。
二二 待賢門院の女房加賀といふ歌よみあり。
かねてよりおもひしことそふし柴のこるはかりなる歎せんとは
といふ歌を年比よみてもちたりけるを。おな じくはさりぬべき人にいひむつびて。忘られ たらんに。読たらば集などに入たらんも。い うなるべしと思ひて。いかゞありけん。花園の 左のおとゞ(有仁)に申そめてけり。其後おもひのご とくやありけむ。此うたをまいらせたりけれ ば。大臣殿もいみじくあはれにおぼしけり。か ひがひしく千載集(恋三)に入にけり。世の人ふし柴 の加賀とぞいひける。
二三 松殿(基房)の思はせ玉ひける女房かれかれになり給 て後はかなき御なさけだにもまれなりけれ ば。我ながらあらぬかとのみたどりわび。人の 心の花にまかせて。月日をむなしくうつり行 に。宮の鶯百さえづりすれども。おもひあれば きくことをやめつ。うつばりのつばくらめ。 ならびすめども。身老ればねたまず。ちゝたる 春の日もひとりすめばいとゞくれやらず。せ うせうたる秋の夜は。むなしき床にあかしが たくてすぐしけるに。事のよすがや有けん。 むかへに御車をつかはされたりける。夢現と もわきかねつらん。嬉しともおもひさだめず。 さればとて今更待よろこびがほならんもいた うつれなく。身ながらも中々うとましかりぬ べければ。是にこそ日頃のつきせぬなげきも あらはさめと思ひつ。よりてたけにあまりた りける髪を押切て。白きうすやうにつゝみて。
今更にふたゝひ物をおもへとやいつもかはらぬおなしうき身に
と書付て。御車にいれてまいらせたりける。此 人は後にはみそののあまとて。近くまでもき こえしとかや。
二四 東山のかたすみにあはれに(てイ)人もかげみぬあば らやに。いとやさしくいまだ人なれぬ女あり けり。庭の荻原まねけども。風より外はとふ 人もなく。のきばのよもぎしげれども。杉村な らねばかひなくて。月にながめ嵐にかこちて も。心をいたましむるたよりはおほく。花を見 郭公をきゝても。なぐさむべきかたはまれな ることにて明し暮すに。清水詣のついでに思 はぬ外のさかしら出来て。いたらぬくまなか りし御心にたゞ一夜の夢の契をむすびまいら せてける。是も前世をおもへばかたじけなか りけれども。さしあたりてなげきに恨をそへ て心のうちはるゝまもなし。かひなくありふ れど。今一度のことのはばかりの御なさけだ に待かねて。よし是ゆへそむくべき憂世なり けりとおもひ立て。ありし御心しりのもとへ つかはしける。
中々にとはぬも人のうれしきはうき世をいとふたよリなりけり
とばかり心にくゝおさなびれたる手にてはな だのうすやうに書たるを折をうかゞひて奏 しければ。まことにさる事あり。尋ざりける こゝろをくれこそと御気色有ければ。頓て走 向ひて尋るに。さらぬだに荒たる宿の人すむ けしきもなきをやゝ久しくやすらひて。老た る女ひとり尋えて。ことのやうをくはしく問 ければ。何といふことはしり侍らず。あるじは 天王寺へ参り給ひぬといへば。やがて夫より 天王寺へまいり寺々をたづぬるに。亀井のあ たりにおとなしき尼ひとり女房二三人ある中 に。いと若き尼のことにたどたどしげなるが 有。此心しりを見付て。浅ましと思ひげにて。 たゞやがてうつぶしてなくより外の事なし。 かたへの者ども声をたてぬばかりにて。をと る袖なくしぼりければ。御使も見捨て帰るべ き心地もせず。おとなしき尼は此人の母也け れば。事のやうこまかに尋けれども。もとよ り是は思ひつる事也。何しにかは君の御ゆヘ にてさぶらふべき。かしこくといひもあへず なきて其後はこたヘざりければ。よしなき御 使をしてかはゆきことを見つるよと悲しく て。さりとてもにて世をつくすべきならね ば立かへりぬ。此よしを奏するに。はしたな の心のたてざまや。心をくれがとがに成つる よとて。かひなかりけり。あはれにもやさしく もながき世の物がたりにぞなりぬる。みそ野 のあまのこゝろといづれかふかゝらん。
二五 或人こと有て遠き国へ流されけるに。年頃心 ざしふかかりける女のはらみたるを見捨てゆ きければ。いか計の別にか有けん。其後此女 尋ゆかんとしけれども。父母有ける故にてゆ るさゞりければ。たゞ一人出て行けるに。漸 其国までかゝぐりつきにけり。腹なる子のむ まれんとしければ。かた山にうみおとしてき たりける物にひきつゝみて捨置て。血つきた る物などあらはむとて。人の家の有けるかた へ漸よろぼひ行けるに。此家にはしをあつむ るをとして。流され人の死たるを葬らんずる 抔いふ。殊にあやしくむねつぶれてくはしく たづねければ。京なる人を恋悲しみてけさう せ給ひたるなどいふに。たゞ此人なりけり。 こと葉もたゝず。わななゝかれけれど。からく して。此死人のもとに行て見れば。我男也け り。かなしきことかぎりなくて。枕がみにゐ て。かく参りたるなり。今一度めみあはせた まへとなきもまれて。此男いき出て目を見合 せて。此世にては今はいかにもかなふまじき ぞと計いひて頓て又死にけり。さてのみある べきならねば。はふりけるに。その火に此女飛 入てやけしににけり。腹の中の子をうみおと しけるは罪のあさかりけるにやとぞいひあへ りける。一人ぐしたりけるめのわらはもとも に火に入んとしけれども。取とめて此人の有 様をくはしくたづね。うみおとしつる子など をも取て。村の者のやしなひけるとぞ。此事は ちかきほどのことなり。 ▲目次へ
二六 小式部内侍大二條殿(教通)におぼしめされける比。 久しく仰ごとなかりける夕ぐれに。あながち に恋奉りてはしちかくながめ居たるに。御車 の音などもなくてふと入せ給ひたりければ。 待えて夜もすがらかたらひ申ける。暁がたに いさゝかまどろみたる夢に。糸の付たる針を 御直衣の袖にさすと見て夢さめぬ。さて帰ら せ給ひにけるあしたに。御名残を思ひ出て例 のはしちかくながめ居たるに。まへなる桜の木に糸のさがりたるをあやしとおもひて見け(イ无) れば。夢に御なをしの袖にさしつる針なりけ り。いとふしぎ也。あながちに物をおもふ折に は。木草なれどもかやうなることの侍るにや。 其夜御渡あることまことにはなかりけり。
二七 小大進と聞えし歌よみいとまづしくて。うづ まさへ参りて御前の柱に書付ける歌。
なもやくしあはれみたまへ世中にありわつらふもおなしやまひを
とよみたりければ。ほどなく八幡の別当光清 に相ぐしてたのしく成にけり。子などいでき て。後もろともに居たりける所。近き所にいも のつるのはひかゝりてぬかごなどのなりたり けるを見て。光清。
菟俳 はふほとにいもかぬかこはなりにけり
といひたりければ。ほどなく小大進。
同 今はもりもやとるへかるらむ
とつけたりける。おもしろかりけり。
二八 ある女房の加茂のたゞすに七日こもりてまか りいづるとて。物にかきつけける。
鳥のこのたゝすの中に籠ゐて帰らん時は問さらめやは
とよめりければ。あはれとやおぼしめしけん。 やがてめでたき人におもはれて。さいはい人 といはれけり。
二九 加茂につねにつかうまつりける女房の久敷ま いらざりける夢に。ゆふしでのきれに書たり けるものを直衣きたりける人のたまはせける を見れば。
思ひいつや思ひそいつる春雨に涙とりそへぬれし姿を
とありけるをみて夢さめにけり。あはれとお もふ程に。手に物のにぎられたりけるをみけ れば。ゆふしでのきれに墨三十一付たるにて 有。ことにあはれにめでたく涙もとゞまらず ぞありける。
三十 嘉祥寺僧都海恵といひける人のいまだ若く て。病大事にてかぎりなりける比。ねいりた る人俄におきて。そこなるふみなど取入ぬぞ ときびしくいはれけれども。さる文なかりけ れば。うつゝならずおぼえて。前なる者ども あきれあやしみけるに。みづから立走て。あ かりしやうじをあけて。たてぶみをとりて見 ければ。ものども誠にふしぎにおぼえてみる 程に。是をひろげて見て。しばし打あんじて。 返事書てさし置て。又頓てねいりにけり。起臥 もたやすからずなりたる人のいかなりけるこ とにかとあやしみける程に。しばしねいりて。 汗おびたゞしく流れて起上りて。ふしぎの夢 を見たりつるとて語られける。おほきなるさ るのあゐずりの水干きたるが。たてぶみたる 文を持て来つるを人の遅く取入つるに。自ら 是を取て見つれば歌一首あり。
新拾 頼めつゝこぬ年月を重ぬれはくちせぬ契いかゝ結はん
とありつれば。御返事には。
心をはかけてそ頼むゆふたすき七の社の玉のいかきに
とかきて参らせつる也。是は山王よりの御う たを給りて侍る也と語られければ。まへなる 人あさましくふしぎにおぼえて。是は只今う つゝに侍ること也。是こそ御ふみよ。又かゝせ 給へる御返事よといひければ。正念に住して。 前なる文どもをひろげて見けるに。露たがふ ことなし。其後やまひをこたりにけり。いと ふしぎなり。 ▲目次へ
三一 延応(四条)元年正月十九日の暁或人の夢に清水の地 主よりとて御文ありけるを見ければ。
月日のみ杉の板戸のあけくれてすきにし方は夢か現か
と有けり。いとあはれにめでたかりけり。
三二 八幡の袈裟御子がさいはいののち打つゞき人 に思はれて。大菩薩の御事をしりまいらせざ りければ。若宮の御たゝりにて。ひとり持た りけるむすめ。大事にやみて。目のつぶれたり けるをこと祈りをせず。むすめを若宮の御前 にぐして参りて。ひざのうへに横ざまにかき ふせて。
奥山にしをるしをりは誰か為身をかきわけてうめる子の為
といふ歌を神歌になくなくあまたゝびうたひ たりければ。頓て御前にてやまひやみ。目も さはさはとあきにけり。
三三 讃岐三位俊盛と聞えし人春日の月まうでをし けるに。さだまりたることにて。夜泊にまいり て。暁下向しけるに。夜ふかかりけるたび雨 降ていと所せかりけるに。後生の事をかくほ どに信を致して佛にもつかうまつらば。いか 計めでたかりなん。現世の事のみおもひて此 宮にのみつかうまつることと思ひて春日山を 通りけるに。高き梢より菩提の道も我山の道 といふ御声の聞えけるに。かぎりなく信おこ りてたふとくおぼえける。
三四 ひえの山よかはに住ける僧のもとに小法師の 有けるが。坊の前に柿の木の有けるを切てた かんとていちのきれをわりたりける中にくろ みの有けるが。文字に似たりけるをあやしと 思ひて。坊主にみせたりければ。南無阿弥陀仏 と云文字にて有ける。ふしぎ抔もいふばかり なくて。横川の長吏に(こイ)法印といひける人に見 せたりければ。上西門院おりふし御社に御こ もり有けるに。持て参りて御覧ぜさせければ。 とらせ玉ひて後白川院(七十七)にまいらせさせ玉ひて けり。蓮花王院の宝蔵に納りけるを。我所に こそをくべけれとていきどをり申けるとな ん。
三五 安貞(後堀川)のころ河内国に百姓有けるが子に蓮花王 といひけるわらはありけり。七なりける年死 けるが。念仏申て西に向てかたはらなる人に。 我死たらば七月(日イ)といはんにあけて見よと云て 死にけり。其後人の夢に必あけよといふとみ て。あけてければ。舎利に成にけり。是を取て 人におがませんとて。かりそめにちやうをし て入たりけるに。此張をほどなくむしのくひ たりけるを見ければ。
帰命蓮花王。大聖観自在。
広度衆生界。父母善知識。
とくひて。はての文字の所に虫の死てありけ る。いとふしぎにめでたき事也。 ▲目次へ
三六 鎌倉武士入道して高野山(イ无)の蓮花谷にをこなふ
有けり。此者がぬる所にて夜な夜な女と物語
をしける音のしければ。具したりける弟子ど
も大方心えがたくて。びんぎの有けるに。或
弟子此入道に尋たりければ。さることあり。吾
女の鎌倉に有しが。夜な夜な是へ来るなり。そ
れに何事もいひあはせ。又古里の事の覚束な
さも語り。世間の事もはからひなどして有也
といひければ。弟子いふばかりなくふしぎに
覚えて。ふしぎの余りに空阿弥陀仏に有のま
まに申ければ。空阿弥陀仏うち案じて。さる
こともおほく有。此女のいたく恋しくおもふ
によりてたましゐなどのかよふにこそ。此定
ならば臨終の妨にも成なんず。急ぎ祈るべき
ぞとて祈られけり。或時に念仏にて祈て見む
とて。蓮花谷のひじり三四十人計めぐりゐて
此入道を中にすへて念佛をせめふせて申た
るに。入道おなじく申けるが。空阿弥陀佛の
秘蔵の本尊の帳に入たるがおはしましける。
そのかたをつくづくとまもりて。おそろしげ
に思ひて。わなわなとふるひければ。空阿弥陀
仏よりてなどおそろしげにはおもひたるぞと
とへば。其御本尊の御前にかの女房がまうで
きて。我を世に恨めしげに見て候が。などやら
んあまりにおそろしくと申ければ。其時空
阿弥陀仏。門々不同八万四。為滅無明果業因。
利剣即是弥陀号。一声称念罪皆除とたかく誦
せられたりければ。この女のかほの中より二
にわれて。ちるやうに見えてうせにけり。是
をば人はみず。たゞ入道ばかり見て。いとゞお
そろしくて。つんつんとかみへおどりたるが。
其後はもとの心になりてをこなひけり。念仏
のちからのたふとき事。いとゞ人々たふとび
あひけり。ほんたいの女はつやつやさること
なくて。もとのやうに鎌倉に有けりとぞ聞え
し。天魔のしわざか又めの恋しとおもひける
がゆへにか。いとふしぎなり。
三七 少輔入道(寂蓮)ときこえしうたよみ。ありまの社に
此山のしゝいかめしく見ゆる哉いか成神の広前そこは
とよめりける。いと興有てこそ聞えけれ。びん なきさまにてぞ聞ゆる。すべてかやうの歌。 いみじくよまれけるとかや。寄鳥述懐の歌に。
玉 このうちも猶うらやまし山からの身の程隠す夕顔の宿
風の気有て灸治しけるに人のとぶらひて侍り ける返事に。
年へたる風のかよひちたすねすは蓬か関をいかゝすへまし
此人うせて後。宇治なる僧の夢にありしより ことの外にぼけたるさまにて。
我身いかにするかの山のうつつにも夢にも今はとふ人のなき
とながめてける。いとあはれなり。此うたのさ ま。うつゝに其人の好まれしすがたなるこそ まことにあはれに侍りけれ。
三八 或人の夢に其正体もなきものかげのやうなる がみえけるをあれは何(のイ)人ぞとたづねければ。 紫式部也。そらごとをのみおほくしあつめて 人の心をまどはすゆへに地獄におちて苦をう くる事いとたへがたし。源氏のものがたりの 名をぐして。なもあみだ佛といふ歌を巻毎に 人々によませて吾くるしみを訪ひ給へといひ ければ。いかやうによむべきにかと尋けるに。
桐壺にまよはむやみもはるはかりなもあみた仏とつねにいはなむ
とぞいひける。
三九 昔の周防内侍が家のあさましながら建久(後鳥羽)の比 まで冷泉堀川の西と北とのすみに朽残りて有 けるを行て見ければ。
[首書]我さへ軒のしのふ草
と柱にむかしの手にて書付たりしが有ける。 いとあはれなりけり。是をみてあるうたよみ かきつけゝる。
是やその昔のあとゝおもふにも忍ふ哀のたえぬ宿哉
[首書]金葉雑上。家を人にはなちてたつとて柱にかきつけ侍りける周防内侍住わひて我さへのきの忍ふ 草しのふかたかたしけき宿かな
四十 近ごろ和歌の道ことにもてなされしかば。内裏 仙洞摂政家何れもとりどりにそこをきはめさ せ給へり。臣下数多聞えし中に民部卿定家宮 内卿家隆とて家のかぜたゆることなく。其道 に名を得たりし人々也しかば。此二人にはい づれも及ばざりけるに。或時摂政殿(後京極)宮内卿を めして。当時たゞしき歌よみおほく聞ゆる中 に何れかすぐれ侍る。心におもはんやう有の まゝにと御尋有ければ。いづれともわきがたく候(イ无)とばかり申て。思ふやう有げなるをいか にいかにとあながちにとはせ給ひければ。ふ ところよりたゝう紙をおとしてやがて出にけ り。御覧ぜられければ。
新勅秋上 明は又秋の半も過ぬへしかたふく月のおしきのみかは
と書たり。此歌は民部卿の歌也。かゝる御尋 あるべしとはいかでかしるべき。たゞもとよ りおもしろくおぼえて書付てもたれけるなめ り。其後また民部卿を召てさきのやうにたづ ねらるゝに。是も申やりたるかたなくて。
新勅冬 かさゝきのわたすやいつこ夕霜の雲井にしろきみねのかけはし
とたかやかにながめて出ぬ。是は宮内卿の歌 也けり。まめやかの上手のこゝろは。さればひ とつなりけるにや。 ▲目次へ
四一 後拾遺をえらばれける時秦兼方といひける随 身。
金雑春 去年みしに色もかはらす咲にけり花こそものはおもはさりけれ
と云歌をよみて。えらぶ人(通俊)のもとに行て。此 歌入んとのぞみけるに。花こそといへるが。い ぬの名に似たると難じけるを聞て。たちざま に此殿は勅撰などうけたまはるべき人にては おはせざりけるものを。[1]花こそ宿のあるじな りけれ。といふ歌もあるはといひかけてける。 いとはしたなかりけり。
[1]拾遺雑春。公任卿。春きてそ人もとひける山さとは花こそ宿のあるしなりけれ
四二 西行法師が陸奥のかたに修行しけるに。千載 集えらばると聞て。ゆかしさにわざとのぼり けるに。しれる人行あひにけり。此集の事ども 尋聞て。我よみたる。
[2]鴫たつ沢の秋のゆふ暮
といふ歌や入たると尋けるに。さもなしとい ひければ。さてはのぼりてなにゝかはせんと て。やがて帰りにけり。
[2]新古今秋上。西行法師。心なき身にもあはれはしられけり下同
四三 或人歌よみ集て三位大進と聞えし人のもとに 行て見せあはせけるに。侍るといふ事をよみ たりけるを歌のこと葉にあらずといひけれ ば。ふるきうたにまさしく有といひけり。よも あらじものをといふに。いでひき出て見せ奉 らんとて。古今をひらきて。
[3]山かつのかきほにはへるあをつゝら
といふ歌をみせける。いとおかしかりけり。
[3]古今恋四。寵。山かつのかきほにはへるあをつゝら人はくれともことつてもなし
四四 下毛野武正といひける随身の関白殿の北のた いのうしろをまことにゆゝしげにてとをりけ るに。つぼねのさうじ。あなゆゝし。はとふく秋 とこそおもひまいらすれといひたりければ。 ついふされといひてけり。女心うげにてかく れにけり。随身所にて秦兼弘といふ随身にあ ひて。北のたいのめのわらはべに散々にのられ たりつると云ければ。いかやうにのられつる ぞととはれて。鳩吹秋とこそおもへといふに。 兼弘は兼方が孫にて兼久が子なりければ。か やうの事心えたる者にて口惜事のたまひける かな。府生殿をおもひかけていひけるにこそ。
み山出てはとふく秋の夕暮はしはしと人をいはぬはかりそ
といふ歌の心なるべし。しばしとまり給へと いひけるにこそ。無下に色なくいかにのり玉 ひけるぞといひければ。いでいでさては色直 して参らんとてありつる局のしも口に行て。 物承らん。たけまさ。はとふく秋ぞようようと いひたてりける。いとおかしかりけり。
四五 鳥羽院(七十四)の御時花の盛に法勝寺へ御幸ならんと しけるに。執行なりける人見てとて参りける に。庭のうへに所もなく花散しきたりけるを。 浅ましき事なり只今御幸のならんずるに今 迄庭をはかせざりけるとしかり腹立て。公文 の従儀師をめして。今迄いかにさうぢをばせ ざりけるぞふしぎ也といひければ。ついひざ まづきて。
ちるもうし散しく庭もはかまうし花に物おもふ春のとのもり
と申て。こや御房がはき侍らぬになどいひけ れば。はゝかつひといひて猶しかりけり。 ▲目次へ
四六 承久(順徳)の頃住吉へ然るべき人の参らせ玉ひける に。折ふし神主経国京へ出たりけるが。人を はしらせて住の江殿など掃除せさせよといひ やりたりけるに。あまりのきらめきに。年比 しかるべき人々の書をかれたるうたども柱な げし妻戸にありけるを皆けづり捨てけり。神 主くだりて是を見て。こはいかにせんと足ず りをして悲しめどもかひなかりけり。是をみ て。ふるき尼の書付ける。
世中のうつりにけれは住吉の昔のあともとまらさりけり
是は承久の乱のゝち世中あらたまりける時の こと也。
四七 松島の上人といふ人有けり。修行者のあはむ とてゆきたりけるに。幽玄なる僧の出あひた りければ。いと思はずに覚えて。かへりいりた りける跡に。又ありける僧に。あれは誰にて おはしますにかと尋ければ。あれこそひじり の御房よといひけるに。たふとげになんとや おはしますらんとこそおもひつれといふをひ じり物ごしにきゝて。よめるうた。
紫の雲まつ嶋にすめはこそ空ひしりとも人のいふらめ
とよめりけり。此ひじりのもとへ肥後の右衛 門入道といひけるもの行て。かくておはしま す程何事か候と尋ければ。させる事も侍らず。 法花経などおぼえ奉りて。ねたるおりおり。此 嶋の松の葉毎に金色の光の見えてかゞやく事 などぞ侍るといはれける。いとめでたかりけ り。
四八 文学上人。佐渡国に流されたりけるが。召帰 されたりけるに。あるやんごとなき歌よみの もとより。
別れしを悲しと聞し老の身の今迄有し嬉しきはいかに
と有ければ。かへし。
嬉しさも宮こに出しそはいかに今はかへりてかたるおひせを
此上人のうたに。
世中に地頭ぬす人なかりせは人の心はのとけからまし
とよみて。我身は業平にはまさりたり。春の心 はのどけからましといへる。何條春にこゝろ のあるべきぞといひけり。
四九 小侍従が子に法橋実賢と云もの有けり。いか なりける事にか。世の人是をひきがへるとい ふ名をつけたりける。法眼をのぞみ申て。
法の橋のしたに年ふるひきかへる今ひとあかりとひあからはや
と申たりければ。やがてなされにけり。
五十 弘誓房といふ説経師人の物をかりておほく成 てのち。かへしやるとて。其文のうちに書付け る。
夜やさむき衣やうすきかるせにの日比をへてはあとつかひつゝ ▲目次へ
五一 然るべき所に仏供養しけるに。堂のかざりよ りはじめてえもいはぬ聴聞の局のきちやうの 中にそらだきの香みちていみじかりけるに。 聴聞の人のおほくあつまりて耳をすました るに。うちよりおびたゞしくおほきなるへの 音出きにけり。皆人興ざめて侍に。導師とり もあへず。放逸邪見の里にはついくわをもお しむ。聴聞随喜の局よりおほへをこそうち出 されたれといひたりける。あさましくもおか しくも有けり。
五二 或説経師の請用して殊にめでたくたふとく説
法せんとしけるに。はこのしたかりければ。こ
といそが(はイ)しくなりてよろづいそぎて布施もと
らずかへりて物ぬぎちらして急ぎひとのへ行
たりけるに。へばかりひりて又ものもなかり
けり。かゝるべしと知たらば。高座の上にて
もしばしこらへて説経をもすべかりけるもの
をと悔しく思ひてける程に。其次の日又人に
呼れて説経しける程に。又はこのしたかりけ
るをすかしてんとおもひて少し居なをるやう
にしければ。まことの物おほく出にけり。此
僧すべきかたなくて。きのふははこにすかさ
れてへをつかまつる。けふはへにすかされて
はこをつかまるといひて走りおりてにげ出に
ければ。うへのはかまよりたりおちて。堂の
中きたなく成にけり。聴聞の人はなををさへ
て興さめてけり。いとおかしかりけり。
五三 念仏者の中につちゆいふけ(ふイ)つと云僧有けり。 或所にいたぶろと云物をして人々入けるに。 此僧目をやむよしいひければ。目をひさぎて いるはくるしかるまじきよしを人々いひけれ ば。さらばとて。目をゆひて板ぶろのありさま もしらぬものの。目は見えざりければ。風呂 の前にわき戸のうちのありけるに。ふろと心 えて。はだかにてかゝヘたる所もうちとけて ゐにけり。人々女房など見をこせたるにはだ かなる法師のかくし所も打出して。あなぬる のふろや。たけたけといひてゐたりける。いと おかしかりけり。人々笑ける声を聞て。あやし くおもひて。目をあけて見れば。風呂にてもな き所にゐて。人々笑ひける時に。あさましくお ぼえてはしりにげにけり。人々おかしく(もイ)おも ひあへりけり。
右今物語、以村井敬義本書写、以屋代弘賢・横田茂語本校合了