住給ける。長月の下の弓張の程、たそかれ時に
成て、齢は六十にかたふきて、まみあり様実に賢く
やつ×ごとなき僧の、入来て物を乞事侍り。すがたは
殊にやつるぬれとも、いかにも只にはあらずと見へ侍り
けれは、大納言留きこへて、さまさまにいたわりなんと
して、夜ふけぬる程に、ひそかに此僧を人閑なる
方に招て、いかなる人の、何とて、かくはをわする
にかと尋られけれは、はかはかしく云のべたる方も侍
らず。世をわたらひのとほしく侍しまゝに、かく罷
成也ときこばぬれとも、猶、げにとも覚ず、」四二ウ
あなかちに尋給時、此僧なくなくうちくどきて
云様、我は興福寺の花林院と云所に住侍
物也。公家の梵莚にも、年をへてつらなり、
僧の位階をも、心のまゝにへのほり侍りしか、前世
の宿業にや侍けん、年のまかり老ぬるに随
て、かたわらさびしく侍し程に、思はざるにけしか
る女とはれて侍しを、しはしはつゝみ侍しかとも、
雨の下御笠の山の甲斐もなく、もりて人の
知侍しかは、さ様のわさする身をはをかぬ事に
侍れは、一寺発て、追侍し程に、する方もなき」四三オ
まゝに、かく罷成て侍り。彼の女なん難捨て、ひぢ
さけ侍れは、うき世のほだし、けに是ならんと覚て侍也
ときこえされは、思はすながら哀にをほして、然は、其人
をもともにをほしあて侍らん。是にすみ給へとの給はせ
侍れは、いといとうれしき事にこそ侍らめとそ云ける。
さて、大納言も帰入給て、明やをそき、彼の所にをはし
て見給に、有し僧はなくて、目出き手にて一首の
歌を書たり。 たなかみの山さひて歟
うれしとよけにたなかみ(本ママ)山の山さひて
のりの道しは跡しなけれは
とかきて終にみえず成給ぬるいぶせさに、彼」四三ウ
大納言、興福寺の官主、内さまに付て、くわしく
尋給へりけるに、花林院の永玄僧正と云人、
年比世をのかるゝ心深て、度々籠居し給し
を、寺をしみ留奉て、心にもあらすなからのへ給し
程に、いにしさ月の比、管主にあかるへき、聞
の侍しかは、には跡形なくうせ給ぬれは、弟子
とももうつゝ心なくて侍り。いつくにをはすとも
きかさりしかに、流浪し給らんとて、玄覚管
主のそゝろになき給へる也。すかた有さま、いささ
かもたかはすとて、大納言も浅猿きまて」四四オ
しほれ給へりけると。此事承り侍るに、物も不覚
かなしく侍り。遠つ国の清山水の流をるらを(本ママ)求
て、物さはかしき君かよには、ぬまのまさ(本ママ)るをうしと
思い、又は千かなしなむと云ふ衣の色は、昔なら
の京の御時、僅に伝聞玄賓の昔の跡に
こそ。凡、(多)世をのかるゝ人の中にこそ、山田もるそほ
つのいにしへは、聞し殊に心のすみて貴く侍り
しそかし、今の僧正の有様、いてこし方思遣、
すゑも難有くそ侍る。凡人の習、世をそむき
まても、骨をはうつむとも名をはうつましと思ふ」四四ウ
めるに、よしなき色にふけりて寺をはなるゝよしの偽
を被述けん心中、思やられて、わく方なく哀に
侍り。止観の文かとよ、実をかくし、狂を顕せと
侍るは是ならんと覚て侍り。然あれは、もろこし
にも此国にも、けに/\しく世をのかるゝ人は、皆か
様に侍るかや。けに人(本ママ)にはつたなき物とさして、
心ひとつに思すまして侍らんは、いみしくすみ渡
てそ侍へき。さて又、あちこちさすらへありかは、心に
不叶所あらん、思はなるゝそかしなんと、そゝろに
ゆかしく侍り。世をすつるならは、かくこそ」四五オ
あらまほしくて、身の力(ちから)もいたくつかれ侍らさり
し比、広き国々にへまはりて、様ことなき寺々面
白所々に徘徊し侍しか、さしあたりて身のうれへも被
忘侍りしかは、かくて一期を過したらんも、罪深
からし(ん)と覚侍き。いはんや、発(ホツ)心堅固にして、かし
こきさきらあらん人の、なしかは心もすまて侍へき。
越の白山雪積て、老その森のはゝき木風になひ
きやすく、佐野の野原のほやのすすきのそよ
めきて、同心の末葉の露は、風に乱てしとろなる
あり様、木曽の梯、さと(さ野歟)の舟橋なんと云」四五ウ
侍しに、心も留るへき程に成。逢坂の関の関守と
なかねしか、秋こし山のうす紅葉見すぐしか
たく、浜千鳥跡ふみ付るなるみ潟、富士の
山へは、時しらぬ鹿子またらの雪残り、うき
嶋か原、清見か関、大磯小磯の浦々は、過
かたく侍そや。此僧正は六そちにかたふき給
ぬれは、さ様の所をみいまそからんもかなはて
や侍らん。いづれの所に、思ひすましてをはすらんと。
返々ゆかしく侍り。あはれ、此身を思ひすつる」四六オ
心の、いさゝかなりとも、付けかしと覚侍そや。