ばかり一人の(そ歟)とふらひ聞へ侍りける、返事に、をきつ
波あれのみまさる宮の内に年へてすみし伊勢の
海女の舟なかしたる心地してよらん方なく
かなしきに涙の色の紅は我らか中の時雨にて
秋の紅葉と人々はをのか散々別なはよらん(たのむ)
かたなく(かけなく)成はててとまる物とは花すゝき君なき
庭にはむれ(本ノママ)たちて空を(本ノママ)(ま)ねかは初雁のなきわた
りつゝよそにこそみめとか(ママ)きて読侍りけるを、
宮の内の人々、是を聞給て、殊にあはれに思はれ」一八オ
侍りけるにや。さら也、さこそ悲くもをはしあひ
給けめ。たのみをかけたてまつる皇后にをく
れ奉て、日数いまた不重、袂もさかりとぬるる
ころ、あはれにはかなき事をきゝ給けん心中とも
は、さそ侍けん。されとも、うき世を思取たくひ、
さすかまれなるに、国行の三位と聞し人、此歌
をみ給て後、弥なげきの重給て、手自
本鳥押切、忽に妻子をふりすてつゝ、いつ
ちともなくまきれうせ給けり。後には、ついに」一八ウ
又もみへ給はてやみぬと、ほの伝承そ、けに
難有くをほへて侍る。指て、日比心を発し
給へる人とも見へ給はさりけるに、去難き
妻、いとけな(をし)き子をふり捨て行方
不知成給ひけん、心の貴(タウト)さは、筆にも難述、
詞にもつくしかたし。実に、妻子珍宝及
王位、臨命終時不随身とて、三途の
ちまた中有の旅には、妻子珍宝身に
そはさるのみならす、帰て悪趣にたゝ」一九オ
よふ物也。されは、此まほろしの、程の愛着、長
菩のとさしたらむ、心憂にあらすや。唯戒及
施逸 今世後世為伴侶とて、冥途悪き
みちには、戒施不放逸のみこそ、身をはたすくなれ。
しかし、早恩愛をふりすて、戒施の功徳を
たくわへんと思侍と、年をへて思ひなれにし
事の、難忍て、まゝ(本ノママ)とすこすに侍り。しからは、
此三位の、俄に発心してつとめ給けん、浦山
しきにはあらすや。道心のさめ給はさり」一九ウ
けれはこそ、又もみへ給はさりけめとたうとく
覚侍り。さても往生の素懐をとげ
給なは、最初の引摂の人にて、伊勢のみ
にてこそ侍らめと、そゝろに哀に侍り。