出家以後譲与
小男拾遺為相了
桑門(為家花押)
長承三年十一月十九日以故礼部納言自筆本
書留了、件本奥称云々、寛治元年九月十五日
為披露世間、重申下御本校之、先是在世
本相違歌三百余首不可信用、件本其
由具書目録序 通俊
朝散大夫藤(花押)
相伝秘本也
戸部尚書為家
奥書によれば、寛治元年(1087)九月十五日に、藤原通俊が寛治元年二月の再奏本を、自筆で校訂したことになる。
その本を、長承三年(1134)十一月十九日に従五位下藤原(不明)が書写した。時雨亭文庫本は、長承三年本を校訂
部分も含めて鎌倉時代初期に、忠実に書写したと考えられる。そのため、訂正前の本文を整理すると、再奏本の
本文を復元できる可能性が高い。しかし、時雨亭文庫本の書写者は、和歌の知識がそれほどなく、誤写した箇所
も多かった。校訂前の本文(再奏本)は、誤写部分を除くと111箇所が太山寺本の本文と一致する。再奏本は、
太山寺本よりも草稿本の要素を含んでいたことが分かる。歌語は同じ系統の国立歴史民俗博物館本にも記載されて
いるので、長承三年本にもあった可能性が高い。寛治元年(1087)八月の目録序を付載するのは、日野本、静嘉堂文庫本、
内閣文庫本、島原松平文庫本、関西大学本のみ。
草稿本第二類 国学院大学蔵伝二条為世筆本
鎌倉時代書写。仮名序から巻第十までの残欠本。異本歌(一二一九番)があり、和歌を「としのうち(ごとイ)に」
とする。56・1221番歌なし。勘物あり。133番歌の詞書を「天暦」とする。異本や歌語の注記は、藤原通俊自筆本
系統による補入が多いが、他系統の異本注記もある。21番歌の初句を「ふりつらん」、53番歌の初句を「むめがか」
と旧表現になっており、『難後拾遺』の本文と一致する。27番歌の詞書を「正月子日」、436番歌の詞書を「前斎院」とする。
・第二種 奏覧本(家本) 書陵部所蔵桂宮二十一代集本・書陵部蔵十四冊本八代集・京都大学蔵堀氏寄贈本
応徳三年(1086)十月中旬に奏覧する。五六番歌の前に異本歌(一二一九番)がある。
八二六のあとに異本歌(一二二〇番)がある。奥書あり。勘物なし。
・第三種 再奏本 太山寺本、神宮文庫本
応徳四年(1087)二月に召見する。異本歌(一二一九番)が『拾遺和歌集』巻第四、
異本歌(一二二〇番)が『後撰和歌集』巻第十六にあることに気づき、切り出されている。
・第四種 自筆本 冷泉家時雨亭文庫本、国立歴史民俗博物館本
寛治元年(1087)九月十五日に、字句の訂正がされている。歌語、勘物と奥書あり。時雨亭文庫本
の訂正前の本文(再奏本)を整理すると、太山寺本と111箇所が一致する。