なんと、みへ侍程なる物の、忍やかに寄来て、打
涙くみて、行賀僧都にきこへける。思かけてもをほ
しよるましきわさなれは、申ともふつに叶へくも
覚侍らねとも、思わひて、それ(に)はかりこそたす
け給はめと思て、恐々申になん。我うしろに
悪きかさ出て、已に死侍らんとす。命のをしきは
さる事にて、此苦痛にいきてながらふへくも侍
らぬ程に、当時きこへ給へるくすし見給て、貴
からん聖人の耳を取て来れ。つくろひやめん。さら
ては、七珍の財を山つかとつめりとも、苦痛やむへ
からすと申侍りしかとも、いかなる上人も、」二九オ
我耳切て与給べき事侍らしと思侍て、只甲
斐なき涙のみこほれて侍つる程に、思はざるに、そこの
御事こそ貴き御事なれは、打わひ申さんには、さる
事もや侍らんと、人のつげ侍つれは、若やとまいり
侍りと、さめさめ(と)なくめり。上人あはれに覚て、いかなるかさ
そ。見んとのたまはせけれは、打かたぬき侍り。みるに目
もあてられす、かわゆしとも事もなのめならす侍り
けれは、さる事ならんにはいといとやすし(き×)とて、かうぞり
にて、左の耳を切てとらせ侍は、手を合て、涙を
流て、ふしをがみて去侍ぬ。さて上人は、我
身のいたき事をは、露思給はす。此法師」二九ウ
のゆくへのみをそをほつかなく思給へりける。
かくて、又人にまじはるへくもなかりけれは、今はひた
すら、学道を思すてて、三輪と云所に、思ひ
すましてそ籠居給へりける。清き流にすすぎ
てし衣の色を又けかさしの、玄賓の昔の
跡ゆかしく、げにと思入て、月ををくり日を重
給へり。かくて、何(イツレ)の比にか侍けん、僧都のまどろみ
給へるに、十一面観自在并、枕がみにわたらせ給
て、いつぞや給はりたりし耳は、速に今返奉る
也。実に慈悲は深かりけり。あらかじめさる」三〇オ
事なかれとて、かきけつ様にて失給ぬ。さて打驚
て、先耳をさくり給に、すへてつゝがなし。されは、
何とてう(か×)たかひ侍るへきなれは、いさゝかも替らず侍
ける。あな不思儀こは、されは仏の御しわさにこそと覚へ
侍けるよりは、いとゝ貴てうつゝ心もいまささりきと、
伝承こそ返々難有貴く覚て侍れ。をろをろもろ
こしの昔の迹を尋侍に、玄奘三蔵渡天し給
へりけるに、或山中にして、慈悲をもて、くさく
けがらはしき病人を、頭より足のあなうら
に至まて、ねふり給時に、観音と成て心み給」三〇ウ
て心経をさづけ給へりとはうけたまはれ。其外、
もろこしにも、我朝にも、古今すへてかゝるためし
不聞及侍らす。三蔵は、鼻をそはめす舌を
ふれ、僧都は、身のいたく、かたわなるへきを不顧(イタマス)、
耳を切給けんは、猶難有侍るめる。彼は上代、
是は末代、彼は大国、是は少国、三蔵は権
者、僧都は只人、更にくらべて云へきに侍らね
とも、今のふるまい給へるさまは、たとへなくは侍。
うへたる虎に身を与給けん。昔の因行にも、
いつくかをとりて侍へき。然れは、此大聖」三一オ
其機をかがめさせ給て、かゝる不思儀をも顕させ
給と、返々いみしく覚て侍り。人の習、我身は世に
有て、仏法をも弘(め)、衆生をもすくはんとこそ思
へるに、いやしき法師のために耳をそきて、我
身は隠居し給へる、けに筆書述奉るにも、
そゝろに涙のもれ出て、そこはかとみへわかす。筆の
立所も、かれ野にあざるさゝがにの、いとかきみたれて、
そことも見へ侍ぬまゝには、とにかくに、くも手に物を思
つゝ身をつくしなる宇佐の宮、神のすくみの
春雨に、うるをされつゝ我等まて、慈悲の心を」三一ウ
つけ給はせよかしと覚て侍り。あわれ、心うき
身共かな。何事も夢にのみ成世中に、思を
ととめて、竹の葉に霰ふる也さらさらと、きけは
ひとりはぬへき心地もせず。ゆふ暮は物思事
のまさるかと、よそに成ても問たくこぬ人を恨
もはてぬ物ゆへに、松にかかれるうらむらさきの藤
衣、かけひの水のたえたえに成行底影みへて、心
細き音を聞にも、むねのうつみ火消やらて、風
になひける煙にむせひて、明暮過る程に、霜
雪かうへにつもり、四海の浪ひたいにたゝみて、
鏡に向へは、昔のかたちにもあらず。友に交て」三二オ
むつ事をのへんとすれは、みみもをほろにして不聞。
花を見とて梢をなかむれは、更に其かたちも
不見分。腰もかがみ、手足すぢいたくて、
老のくるしみにせめられ、無常の鬼目前に
来れとも、あへて驚く心もなくて、此世いた
つらに老過て、閻魔の庁庭に至て、功徳
罪障の交量ありて、善事を尋侍らむ時、
いかかま答。つくれる功徳があらはや。それとも
申へき。其時くやしくかなしくこそ侍らんすらめ。
頗梨(ハリ)の鏡に向わゝ、けやしく腹立る姿、」三二ウ
多く貪着恋暮のかたちのみこそ、みへ侍らん
すれな。所々に仏多御し(本ノママウツシタリ)、野辺に花さくといへとも、
一枝をた折て、後世のためとて奉る事も
なく、教法にみてりといへとも、絹(本ママ)塵も習
学するわさなくて、只よしなき女色にほたされ
て、そぞろに心を冨士の山によそへ、浅間のたけの
煙にくらされて、いたつらに月日をすこして、心と
うき目を見わさ(本ママ)、けにけに日喩(本ノママ)こそ侍へき。さても
行賀大の慈悲堅固にして、耳(ミミ)を切給し
功徳には、流来生死のきつな、ことことく切捨て、三」三三オ
界火宅の外に出て、ほのをにこかるゝ衆生を、哀と
みそなはしていまそかるらんと、いといと返す返す貴く
侍り。此事、遊心集にかたばかりのせ侍りしやらん。
結縁もあらまほしくて、書のするに侍り。たくみの詞
いやしきさまに引なしぬる憚も一方ならねとも、やみ
なん事のあたらしさに、又筆を染ぬる也うき世
中の、草かくれ無迹まて、我をそはむるわさなかれと也。
ちかふらくは、身はたとひ那落の底にしづむとも、此僧都の
慈悲をは忘(ワスレ)たてまつ(ら)し。三世の仏達、我二(本ママ)なき心を
かがみ給て、いささかの慈(本ママ)心を起給ふ身となさせ給へ。」三三ウ
乞願はつ(本ママ)心村なき物をや。