陽明文庫本 巻第一・春歌上
霞のうたとてよめる 刑部卿頼輔
10 春くればすぎのしるしもみえぬかな霞ぞたてるみわの山もと
〈校異〉なし
〈出典〉刑部卿頼輔集・春・六 第二句「しるしのすぎも」
〈別出〉なし
〈作者〉藤原頼輔(ふじわらのよりすけ) 本名親忠。天永三年(1112)生〜文治二年(1186)没。享年七十五。嘉応二年(1170)に刑部卿となる。 家集『刑部卿頼輔集』。皇太后宮大夫俊成卿家十首会に参加している。
〈語釈〉○春くれば…春がきたので。「…ば」は、原因・理由を表す接続助詞。
○すぎのしるしも…杉の目印も。
『拾遺和歌集』雑恋・1236 世中はいかがはせまししげ山の青葉の杉のしるしだになし
○みえぬかな…見えないことだなあ。この和歌は、三句切れとなっている。
○霞ぞたてるみわの山もと…みわの山のふもとに霞がたっている。三輪山は、大和の国、現在の奈良県桜井市三輪町三輪の
東方にある。端麗な円錐形で、標高四六七m。
寛治八年(1094)八月『高陽院七番歌合』55 ふる雪に杉の青葉もうづもれてしるしも見えず三輪の山もと
参考歌 『古今集』雑下・九八二 わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門
『堀河百首』霞・永縁 三輪の山たづねてぞゆかん春霞しるしの杉はたちなかくしそ
〈古注釈〉北村季吟『八代集抄』 『古今』の「尋てきませ杉立てる門」を本歌にて三輪のしるしの杉と読習はせり。春くれば
霞わたりて杉も見えずと也。「ぞ」の字心を可付。
『井蛙抄』 本歌に贈答したるすがた。
〈疑問点〉「しるしのすぎも」と、「すぎのしるしも」では、和歌の印象がどのように違ってくるか。
〈現代語訳〉春がきたので、杉の目印も見えないことだなあ。みわの山のふもとに霞がたっている。
〈批評〉刑部卿頼輔集のように、「しるしのすぎも」とするのが本来の形であっただろうが、こうしてしまうと音韻の関係で 「しるし」という詞が和歌の中で浮き出てしまう。『千載和歌集』のように「すぎのしるしも」とすると、「しるし」という詞が和歌に なじみ、係助詞「ぞ」で強調された「霞」が際立ってくる。また、次の十一番歌(みわたせばそことしるしのすぎもなしかすみのうちや みわのやまもと)との兼ね合いもあって、俊成が改変したように思われる。 詠作主体は、みわの山のふもとにおり、霞がたっているなかで三輪明神の 目印である杉を手さぐりで探している姿が想像できる。
『刑部卿頼輔集』には、似たような表現が使われている歌がある。
こつがはより舟にて奈良へまかるに、道なかになりぬらんやと申すを、舟さすものの過ぎぬと申せば、なにをしるしにていふととは
れて、この東のかたにみゆる杉のは丈六堂の前なる社の杉にて侍れば、それをしるしにて申すなりといふをききて
111 大和なる三輪の山ぞと思ひしにいづこも杉ぞしるしなりける
藤原頼輔の歌のある作品成立年代
| 作 品 | 成 立 年 代 |
| 『前播磨守隆親歌合』 | 年()に成立。 |
| 『刑部卿頼輔集』 | 寿永元年(1182)に成立。 |
| 『千載和歌集』 | 文治四年(1188)に成立。 |
左兵衛督隆房
10 みわたせばそことしるしの杉もなし霞のうちやみわの山もと
〈校異〉静嘉堂文庫蔵本は、初句を「みはたせば」とする。
〈出典〉なし
〈別出〉月詣和歌集、詞書「遠山霞といへるこことをよめる」
〈作者〉藤原隆房 久安四年(1146)生〜承元三年(1209)没。享年六十二。
〈語釈〉○みわたせば…見渡すと。「…ば」は、前の事柄に対して、後の事柄が偶然的な関係で起こる意を表す接続 助詞。「三輪を見渡すと」という掛詞と考えてもよいのではないか。
○そことしるしの…そこと分かる目印の。そことは、「みわの山もと」のことを指す。「しるし」は、「印」と「知る」の掛詞。
『源氏物語』 たづねゆくまぼろしもがなつてにてもたまのありかをそことしるべく
○杉もなし…杉もない。この和歌は、三句切れとなっている。
○霞のうちやみわの山もと…みわの山のふもとは、霞の中にあるのだろうか。「…や」は、疑問の係助詞。
参考歌 『拾遺集』雑上・元輔 三輪の山しるしの杉はありながら教へし人はなくて幾世ぞ
『後拾遺集』恋三・七三九 杉むらといひてしるしもなかりけり人もたづねぬ三輪の山もと
〈古注釈〉北村季吟『八代集抄』 前のうたと大かた同。
〈現代語訳〉見渡すと、そこと分かる目印の杉もない。みわの山のふもとは霞の中にあるのだろうか。
〈批評〉詠作主体は、「みわの山もと」まで遠く離れていることを認識しているのが、「見渡せば」という初句から感じとれる。 「みわの山もと」を、再び漠然と「そこ」と表現しているように、霞の歌というよりも、みわの山のふもとまで旅を している最中の歌という印象を受ける。ただ、情景としては、遠くの山のふもとに霞がかかっていて、その霞の中に「みわの山もと」が あるように思わせるほど幻想的な霞がかかっていることを強調しているのだろう。
藤原頼輔の歌のある作品成立年代
| 作 品 | 成 立 年 代 |
| 『月詣和歌集』 | 寿永二年(1183)に成立。 |
| 『千載和歌集』 | 文治四年(1188)に成立。 |
〈参考文献〉・冷泉家時雨亭叢書 中世私家集二 所収『刑部卿頼輔集』
トップページヘ 更新日:平成16年2月1日