『千載和歌集』注釈 12・13番歌

『千載和歌集』注釈 12番歌

陽明文庫本 巻第一・春歌上

百首歌たてまつりける時、子日の心をよめる  待賢門院堀河

12 ときはなる松もや春をしりぬらんはつねをいはふ人にひかれて

校異〉なし

出典〉『久安百首』(個人別本) 1005
     『久安百首』(部類本)  31 第二句「松も春をば」

別出〉『題林愚抄』103

作者待賢門院堀河(たいけんもんいんほりかわ) 生没年未詳。待賢門院に仕える。崇徳院の主催した 『久安百首』に参加する。『金葉和歌集』以下の勅撰集に六十四首入る。 家集に『待賢門院堀河集』がある。

語釈〉○ときはなる…常緑の。

松もや春をしりぬらん…松も春を知ったのだろうか。「もや」は、疑問を表し、…も〜だろうか。 「ぬ」は、完了の助動詞で、…た。「らむ」は、原因・理由を推量する場合、…ているのだろう。

はつねをいはふ人にひかれて…初子の日を祝う人に根を引かれて。「はつね」は、「初子」に「根」が掛詞になっている。

古注釈〉北村季吟『八代集抄』 常磐なる松は、春も知まじく覚えたれば、松もや春をと也。下句の心は明なり。

疑問点〉「人にひかれて」は、どのように解釈すべきか。

現代語訳〉初子(の日)を祝う人に根を引かれて、常緑の松も春を知ったのだろうか。

批評〉倒置法と擬人法が用いられている。「はつねをいはふ人にひかれて」は、松が強制的に引き抜かれるだけではなく、 初子の日を祝う人に松が心を引きつけられて、という意味をもたせてもよいだろう。お互いが納得したうえで、小松引きという行わ れるのである。
参考歌 『山家集』24 わかなつむけふにはつねのあひぬればまつにや人のこころひくらむ

影響〉『若宮歌合』建久二年(1191)三月に開催される 光行
46 ときはなる松もや春を知りぬらむ木のまの梅の風のたよりに

待賢門院堀河の歌のある作品成立年代
 作 品  成 立 年 代
『久安百首』 久安六年(1150)に成立。
『千載和歌集』 文治四年(1188)に成立。
『題林愚抄』 文安四年(1447)〜文明二年(1470)に成立。

『千載和歌集』注釈 13番歌

家に侍りける女房のもとに、正月七日、前中宮の女房、わかなをつかはし たりけるをききて、よみてつかはしける 治部卿通俊

13 うらやまし雪のした草かきわけてたれをとふひのわかななるらん

校異〉詞書 書陵部蔵三本・静嘉堂文庫蔵本・龍門文庫本は、「ききてつかはしける」とする。

出典〉未詳。

別出〉『歌枕名寄』1908

作者藤原通俊 永承二年(1047)生〜康和元年(1099)八月十六日、五十三歳で没する。 白河天皇の勅命により、『後拾遺和歌集』を撰進する。寛治二年(1088)十二月、治部卿になる。『後拾遺和歌集』以下の勅撰集に二十七首入る。 四十五首の和歌と、応徳三年(1086)通宗朝臣女子達歌合の判歌十首が知られている。

語釈〉○うらやまし…若菜を受け取った人(家に侍りける女房)がうらやましい。

雪のした草かきわけて…衣が雪に触れて、袖がぬれることを連想させる。下草は、木陰に生えている草。
『後拾遺和歌集』10 みよしのははるのけしきにかすめどもむすぼほれたるゆきのしたくさ(むらさきしきぶ)

たれをとふひのわかななるらん…「とふひの」は、「訪ねる日の」に「飛火野」という地名を掛ける。 飛火野は、大和国の歌枕で、現在の奈良県奈良市の奈良公園一帯。地名の由来は、和銅五年(712)春日に外敵の侵入を知らせる「のろし」であるとぶ火が設置 されたことによる。春日野の異称かといわれる。「飛火野」という地名が用いられるときは、「訪ふ」や「飛ぶ」との掛詞である ことが多い。
参考歌 『古今和歌集』18 春日野のとぶひの野守いでてみよ今いくかありて若菜つみてむ(読人不知)

古注釈〉北村季吟『八代集抄』 飛火野は、『古今』の「今いくかありて」とよみしより始め若菜の名所也。 歌心は誰をとふとそへて、雪下草など分て誰をとふ音信の若菜ぞとはるる人うらやましとなり。

疑問点〉。

現代語訳〉うらやましい。雪の下草をかき分けて誰を訪ねる日の飛火野の若菜なのだろうか。

批評〉初句切れになっている。「うらやまし」という一言から、家に侍りける女房に差し上げた若菜ということは分かっているけれども、 あえて誰を訪ねると表現したのは、通俊自身に若菜を贈ってほしかったからだろう。

影響〉『散木奇歌集』28 春日野の雪のむらぎえかき分けてたがためつめる若菜なるらん(源俊頼)

参考文献〉・『新編 国歌大観』第三巻 私家集編T

・『久安百首 校本と研究』

・笠間叢書17『千載和歌集』久保田淳・松野陽一 校注、昭和四十四年九月 初版発行

トップページヘ  更新日:平成16年2月1日