『千載和歌集』注釈 14番歌

◯『千載和歌集』注釈 14番歌

陽明文庫本 巻第一・春歌上 14

 堀川院御時百首歌たてまつりける時、 わかなの歌とてよめる
源俊頼朝臣

かすが野 の雪をわかなにつみそへてけふさへ袖のしほれぬるかな

校異〉龍門文庫本・書陵部本・正保四年(1647)板本・俊成自筆『古来風体抄』は、詞書を「たてまつりけるうち」とする。
   第五句を「しをれぬるかな」とする 静嘉堂文庫蔵本・書陵部蔵二冊本・書陵部蔵実隆本・俊成自筆『古来風体抄』

出典〉『堀河百首』春・若菜、 

別出〉『金葉和歌集』初撰二度本系、巻第一。
    『散木奇歌集』巻第一・春部・正月、25。
    『古来風体抄』下・573。『定家八代抄』巻第一・春歌上21。
    『歌枕名寄』巻第六・1750。

作者源俊頼(みなもとのとしより) 天喜三年(1055)生〜大治四年(1129)没。享年七五。経信の三男。堀河天皇時代の 歌壇で活躍した。堀河百首・永久百首の歌人。白河院の命を受けて『金葉集』を撰進。家集に『散木奇 歌集』があり、歌論書『俊頼髄脳』を著した。『金葉集』以下の勅撰集に一二〇首入る。

金葉和歌集』(中御門宣秀筆本)
  百首の歌の中に子日の心をよめる    源俊頼朝臣

29 かすかのの雪をわかなにつみそへてけふさへ袖のしほれぬるかな

校異 橋本公夏筆本は、詞書を「若菜の心」としている。本来はこのようだったのだろう。

散木奇歌集』(時雨亭文庫本)巻第一・春部・正月
  百首歌のなかにわかなをよめる

 かすかののゆきをわかなにつみそへてけふさへそでのしほれぬるかな

古来風体抄』(時雨亭文庫本)下・573

  堀河院御時百首歌たてまつりけるうちわかなのうたとてよめる
                   源としより朝臣
 かすかののゆきをわかなにつみそへてけふさへそでのしをれぬるかな

定家八代抄』(樋口芳麻呂蔵本)巻第一・春歌上21
 堀河院に百首歌奉りける時       源俊頼朝臣

千 かすがののゆきをわかなにつみそへてけふさへそでのしをれぬるかな

歌枕名寄』(書陵部本)巻第六・1750   
金                   俊頼
 かすが野の雪をわかなにつみそへてけふさへ袖のしほれぬるかな

語釈〉○春日野…大和国の歌枕。若菜と取り合わされて、春の歌に用いられる例が多い。

若菜…春の七草(せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ)。

つみそへて…若菜の縁語の「摘み」に「積み」を掛ける。上条注では、これに「罪」を掛け ているとする。「て」は接続助詞で、条件接続の関係で続ける。〜ので。〜のに。
「つみそへて」という用例は、俊頼の歌以前には見当たらない。後 世の歌には、次のような用例がある。『拾遺愚草員外』は、俊頼の歌を踏まえたものだろう。

『拾遺愚草員外』675      春廿首
春をあさみきえあへぬ雪をつみそへてわかなぞ冬のかたみなりける

『文保百首』1563       藤原為相
     冬十五首
冬さむみ雪を真柴につみそへて氷になやむうぢの川舟

けふさへ…年中行事 一月  子の日の遊び(初めの子の日)
 野に出て、小松を抜き、若菜を摘んで長寿を祈る。

『後拾遺集』巻第十・哀傷・562   周防内侍
さみだれにあらぬけふさへはれせぬはそらもかなしきことやしるらん

『後拾遺集』巻第十九・雑五・1112    入道前太政大臣
わかなつむかすがのはらにゆきふれば心づかひを今日さへぞやる

袖のしほれぬるかな…「霑る」は、(衣服などが)ひどくぬれてぐったりする。ぐっしょりぬれる。 「かな」は詠嘆。雪にぬれるだけでなく、涙にぬれていることも暗示している。
参考 萎る(しをる) 草木などが生気を失ってぐったりする。
「袖のしほる(しほるる袖)」の用例 露や涙で袖がぬれるという表現が多い。

『金葉集』巻第九・雑部上・560      堀河院御製
わすられてなげくたもとをみるからにさもあらぬそでのしをれぬるかな

『千載集』巻第四・秋歌上・253      前左衛門督公光
をみなへし涙に露やをきそふるたをれはいとと袖のしほるる

『千載集』巻第十一・恋歌一・702     皇太后宮大夫俊成
ともしするはやまかすそのした露やいるよりそではかくしほるらん

『千載集』巻第十二・恋歌二・766     (俊恵法師)
いたづらにしほるるそでをあさ露にかへるたもとにおもはましかは

『千載集』巻第十三・恋歌三・832     皇太后宮若水
くれなゐにしほれし袖もくちはてぬあらばや人にいろもみすべき

古注釈北村季吟『八代集抄』 正月七日、いはふべき日ながら、雪をわかなにつみ
     まぜて、けふさへ袖のぬれしと也

堀河院百首和歌鈔』四季 『古今』ニ「梓弓ヲシテ春雨今日フリヌアスサヘフラバ若菜ツミテン」。 此歌ヲ以テヨメルナルベシ。本歌ノ雨ヲ雪ニトリカヘ「アスサヘ」トアルヲ今日サヘトヨメリ。今日サヘ ト云ニテ昨日モ雪フリシコトシラレ侍ル。上手ノ本歌ノ取ヤウミナラフベシ。本歌ヲヨクヨク味ハフベシ。

堀河院百首聞書』「わかなしうげんにつむ物なれば、袖のぬるる事あるまじけれど、なみだならで雪ゆ へにも袖のしほれたるとにや」

堀河院類聚百首抄』「千載集に入る。若菜つむは祝の事なるに雪をつみそへたれば今日さへも袖のぬるる といひて常に述懐のある心をこめたり」

注釈書〉『散木奇歌集 集注篇』で、関根慶子氏は、
 この歌は、「若菜」に「我が名(俊頼─年寄)」を、「摘み」に「積み」をかけ、白い雪をしらがのよ うに我が名につみ添えてと言い、「卯の花の身のしらがともみゆるかなしづのかきねも俊頼にけり (二〇〇)」と同じような内容を詠んでいる。「いかばかり嬉しからまし身につめる年をわかなと思はま しかば(三三)」も二五を反実仮想に表現したような作である。
 若菜摘みに人が遊ぶ今日さへ、若菜を摘むのにそえてわが名俊頼(年寄)に雪が積もり、老いの憂き身 の涙で袖がぬれるという述懐をこめ、正月の若菜の歌とは考えられぬような、ニヒルな詠をなしていると ころが、何かユーモラスにも感じられ、俊頼独特のものであろう。 と述べる。

疑問点〉@「つみ」という詞に「罪」の意味もかけるべきか。
掛詞は、ふたつまで詞を掛けるのはよいが、三つ掛けると和歌の解釈が複雑になる。また、「罪」の意味 をかけたとしたら、俊頼は何に罪を感じているのか。この歌には、罪を感じる理由が見当たらない。

A「今日さへ」は何を言おうとしているのか。
若菜の風情を表現しているのではなく、俊頼の心情を表すための詞であろう。

B『堀河院百首和歌鈔』が注釈するように、雪は昨日と今日降っていたのか。また、この歌の本歌を、 『古今和歌集』の「梓弓をしてはるさめけふふりぬあすさへふらばわかなつみてむ」とするのは適当か。
 俊頼は、若菜に雪が積もった状態を詠んでいて、雪が積もった過程については触れていない。 したがって、本歌とするのは適当ではないと思われる。

口語訳〉春日野の雪を若菜と一緒に摘みとったので、(長寿を祝う)今日さえも袖がぬれたことだよ。

批評〉『堀河百首』の歌を詠んだのは、俊頼が51歳のときである。長寿を祝う日(子日)だからこそ、俊頼にいちだんと年齢を 感じさせて衣の袖で涙をぬぐったのであろう。俊頼は若菜の歌として詠んでいるのだから、関根慶子氏のように、あまり深く解釈する必要 はないと思う。

俊頼の歌のある作品成立年代

  作  品

   成 立 年 代
『堀河百首』 長治三年(1105)頃に成立。
『金葉和歌集』(二度本) 天治二年(1125)に成立。
『散木奇歌集』 大治四年(1129)頃に成立。
『千載和歌集』 文治四年(1188)に成立。
『古来風体抄』(初撰本) 建久八年(1197)に成立。
『定家八代抄』 建保四年(1216)に成立。
『歌枕名寄』  嘉元元年(1303)頃に成立。

参考文献〉・新日本古典文学大系(岩波書店)
9『金葉和歌集』川村晃生・柏木由夫校注、1989年9月 第一刷発行

・『金葉和歌集』目加田さくを校訂、昭和四十一年五月 発行
(西日本国語国文学会翻刻双書刊行会)  中御門宣秀筆烏丸光広奥書。室町時代中期書写。

・冷泉家時雨亭叢書(朝日新聞社) 財団法人冷泉家時雨亭文庫編
第一巻  『古来風体抄』 1992年12月 第一刷発行
     俊成自筆原本。鎌倉時代初期書写。国宝。

・『和歌大辞典』(明治書院) 1986年3月

・『日本古典文学大辞典』(岩波書店) 六巻
  1983年10月〜1985年2月 第一刷発行

・『平安時代史事典』(角川書店) 平成六年四月 初版発行

・『校本 堀河御時百首和歌とその研究』研究本文編、古注索引編(笠間書院)
 橋本不美男・滝沢貞夫、1976年3月、1977年4月

・『校本 歌枕名寄』本文篇(桜楓社) 渋谷虎雄編、昭和五十二年三月 発行

・未刊国文資料第一期第三冊(未刊国文資料刊行会)
 『定家八代抄と研究』上 樋口芳麻呂編著、昭和三十一年四月 発行
 室町時代初期写本

・『角川古語大辞典』五巻(角川書店) 中村幸彦・岡見正雄・阪倉篤義編
 1982年6月〜1999年3月


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