給らん。又発心の縁も聞まほしきよし尋侍りしかは、
我は相模国の者也。武勇の家に生て、三尺の霜を
よこたへて、胡録の箭をつかふへきしなしなの物也き。しかあれ
とも、生死の無常のをそろしく覚て、よりより心を静
て、坐禅なんとし侍しかとも、忽に世をふりすてえて侍る
程に、年比の女なんまかりしかは、弥心もとゝまらて、本鳥
を切て、此山に篭り侍り。初は、松嶋と申寺(本ノママ)、親物
共とかく申し事六借くて、人にも知られす、此二年
ここに侍也。時々、里に出て物を乞て、今×は×又×心×の×す×み×
形のことくの命を継に侍り。今又、心のすみて、いた」二〇ウ
く物なとのたへがたきわさも侍らねは、月に二三度
なんと食侍也とそのたまはせし。あまりに貴く浦山
しく覚侍りしかは、我もろともにすまむへき由きこへ
侍しかは、更によしなし。我も(本ママ、也歟)迷も(也歟)謝る。互に知識
にも成がたし。いつくの所にも心をすまし給へ。又、さて
もをはせよかしとて、いたくもてはなれては見え
さりしかとも、心うき不覚の心にて、やかてすみか
とも不定して、後を契て出侍りぬ。さても
都へ帰さに、なをさりかてらならす、尋奉へき
心地して侍りしに、思はさるに陸奥国にさすらへ」二一オ
まかりて久く侍き。のぼりさまには、小六道よりつた
ひ侍しかは、忘たてまつるには侍らさりしかとも、
終にむなしくやみぬ。発心の有様、殊に心すみてそ
侍る。印度月支唐朝もろこしは、堺遥にへたたり
侍れは、且閣之、我朝秋津嶋の昔の賢き人は、
見たてまつらねは不知。いかゝおはしけん。是はまの
あたり見侍りしに、貴さたくいしらて侍りき。
谷の深きに、峰の松風(に)雲消、すめる月を
のみ見給けん、ことに浦山しく侍り。只何と」二一ウ
書をかる跡を聞にも、海のほとり、深山のすまい
のすめる事を見には、其事となく、涙を催す
事侍り。まのあたり其有様を見たてまつ
りしに、いくたひ随喜の涙か流けん。さても、
今又いかなる浄土にかをはしますらんと、返々
浦山敷侍り。抑坐禅とは、いかなる観門を
か。万境をすてて、心に心をかけて(か)へりて、心をすつ
へきにや。持ては又いかゝあらん。只よきりなく
守へきにや。詮は実の道心侍らは、修行は」二二オ
何にても侍りなん。の念、老鼠の如し。描刃に似
たりと云古人の詞有り。よくよく心をとめて、坐禅
し給は、是そ三葉の中の意葉行に侍れは、百千
無量の仏塔を造らんにもまさりやし侍らん。
いかなる善も、只心によるへきとそ覚侍るめり。