『撰集抄』第二帖第五話 雲林院聞説法発心

第二帖第五話 雲林院聞説法発心

中比、東の京に、いといたうまつしからす男女あ
すみ
けり。さがれる品の人なるへし。此男ある時、雲林
の説法の侍ける、聞のために、彼の庭にまうでて
けり。導師、云しらす目出き御法を説侍れは、皆
人もよゝとなくめり。此男いたく心を発て、やかて
家にも不帰して、手自本鳥切て、東山の奥に、
形はかり造て、しつかに念仏し、時々
里に出て、物を乞けり、夜は必里を廻て、高
らかに念仏し侍り。されは、夜を残すね」四六ウ

さめの床には、哀と情をかけすと云事なし。
或時、人の尋行て、いかに身のくるしきに、夜は
ありき給ふにか。いもね給はては、つかれ給には侍らす
やと云けれは、其事に侍り、ひるは何となく、さるへき
女なんと見侍れは、我かな見たりし物の思出
さるゝ時も侍り。をさなき物をみる時は、ふりすてし
子の面影に立て、いかにも乱ぬへく侍り。夜は、さ様の
事もなくて、心のすみ侍れは、廻也。めぐらずとても
生死無常の思はれていねもせられず侍れば、
ありき侍也。さて又、をのつからみみにもれ」四七オ

て、哀と聞そな(本ママ)し、一念随喜をもし、念仏をも、
し侍る人、あは、それをなん他を利る心せんと思侍に
こそと申けれは、尋行ける人も、袖をしほりて、をが(み)
つゝさりにけり。さて、みとせはかりへて後に、三日まで
里にも出ず侍る。いぶせさに人々まかりて侍けれは、
西にむきて手合てなんいき絶にけり。浅
猿く哀にをほへて、いそぎ人にふれなとして、
来りをがみ侍けるとなん。けに、有かたかりける
心也けんかし。下れる(クタレル)人は、いかにも情の少く
て、只さしあたりたる事のみを思て、後世の」四七ウ

侍り。今此僧の有様ふつ(ソ)に(本ママ)、是に叶て侍
猿さは、世をすつといへとも、心は是をすてず、
そめぬれと、心は染ぬ物にして、身心かたち(本ママ)がえにて
万行いたつらにな(し)はてぬる事よ。しかあれは、
心の師とは成とも、心を師とする事なかれと、
をしへ給へる、是なるへし。とにかくに、涙のゝろ(に)
しどろなるに侍り。

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